生き別れた双子の姉妹の数奇な運命を、京都を舞台に描いた川端康成の名作「古都」。その20年後を描いた同名の映画が、松雪泰子を主演に公開される。松雪は本作で、伝統ある町屋の呉服店を引き継いだ千重子と、山で山林業に携わる苗子の2役に挑んだ。京都と、もうひとつの古都・パリで撮影されたこの物語を、彼女はどのように演じたのか。
――今回の映画は、世界的にも評価の高い川端康成の小説「古都」が基になっています。小説を読んだ印象はいかがでしたか。
「小説は情景の描写が本当に美しくて…。文字で読んでいるんですけど、京都の情景がまるで絵画のように、そこにスクリーンがあるかのように絵が浮かんできました。植物や蝶なども出てくるんですが、京都の自然の美しさ、そのひとつひとつがとても印象的でした。そして、何より、千重子、苗子の美しさと純粋さに心が洗われるような気持ちになりました。本当に、すべてが美しい作品です」
――映画では、小説の物語から20年後が舞台になっていますね。
「川端先生が描かれた小説の中に存在している千重子と苗子の生き方や美しさ、無垢な心はやはり親になっても変わらず持っているもの。子を育むことで、苗子は力強さや逞しさを得ていて、千恵子にももちろん強さはあるんだけど、自分が背負っているものを娘に強いることはできない。受け継いでいくべきものだけれど、若い世代にとっては重圧になりますから。親の苦悩や葛藤、そこはきちっと表現したいと考えていましたね」
――京都弁でのお芝居はいかがでしたか?
「京言葉のニュアンスについては、特に千重子は室町の言葉を使ってのお芝居だったので、すごく難しくて。京都弁ってちょっとしたニュアンスで非常に含みを持ってしまう言葉ですから、無垢な人がしゃべる京都弁ってどんな感じになるのか、指導の先生とよくお話ししました。京都弁は、優しく言いすぎるとそれが嫌味になってしまったり、攻撃するニュアンスになったりもしかねない。本心はあくまでも出さないで、柔らかく表現することによって相手を受け入れたり拒絶したりということが、自在にできる方言なので。そこは改めてすごいなと思いました」
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――今回は千重子と苗子の2役を演じ分けましたが、どのように役づくりされましたか。
「先ほど京言葉のお話をしましたが、千重子の室町の言葉と苗子の北山弁、山のほうの言葉なんですが、その2つの言い回しがそもそも違うんです。なので、それを学んでいく過程で2人の人物像を掴んでいくことができました。千重子はとても穏やかで、芯はあるんだけども、静かな優しさを持っています。自分が孤児だったという背景があって、親からは『もう家は守らなくていい』と言われたんだけども、だからこそ守らなくてはいけないと思っています。娘に対して、この家を守りたいという気持ちをどう託していけばいいのかという苦悩があるんですね。実際に呉服屋さんをやっている町屋のお宅を借りての撮影だったんですが、歴史のあるその空間にいるだけで、ここで代々生きていらっしゃる、生活の中での空気を感じられて。演じている私たちの姿を見ては現場でも涙されるくらい、物語がその町屋のお宅の状況と被っていたので、そのお気持ちが既に現場にあったんです。そういう意味では自然に、千重子の感覚になったような気がします」
――苗子についてはいかがですか?
「苗子は、山の中で杉を磨いているシーンがあるんですが、そこはかつて実際に作業されていたお母さんたちと一緒に作業をしました。その方たちは、本当に明るくって、おしゃべりが大好きで、素敵なかわいらしい方たちだったんです。手も肉厚で力強くて、太陽をたくさん浴びて土をたくさん触って。本杉を大切にしている方たちの生命力をすごく感じましたし、苗子にはそういうところを出していけたらいいな、と。もっともっとおおらかで。太陽の力強い包容力というのは大事にしたいなと思いながらやっていました」
――物語にはそれぞれの娘へ、次の世代への継承という側面も描かれています。母親のお気持ちとして何か感じる部分もあったんじゃないでしょうか。
「私も実際に母親ですから。親の思いを受けてきたこととか、若いときには気づけなかったこと。今、自分が子育てをしていて、間もなくもう手を離れていく年齢になってきて、これから社会に出ていくっていうことを思うと…いろいろと回想しましたね。自分が学生の時代には感じ取れなかった親の思い、大事に思っていてくれたこと、それが若い自分にはとてもプレッシャーで、苦しくて、自由がないように感じたこともたくさんありました。経験のない子どもと、人生経験のある親が見えている世界には、まるで差があるっていうことも、子どもだった自分はわからない。自分の子どもにこれから先、何を伝えていけるかなということは私自身が思いましたし、この作品を観て、そんなことを感じていただけたらなと思います」
――今回の作品に出演するにあたり監督からお手紙があったそうですが、どのような内容だったんでしょうか。
「監督がアメリカからお戻りになって、どうやってこれから監督としてやっていこうかという時に、私が演じている姿を見て、日本でもこういう作品が作れるのであれば、自分ももっと頑張りたいっていうふうに思ったということを書いていらっしゃって。それは素直に、うれしく思いました。監督の未来に賛同しましたし、一緒に何か生み出せたら、と。Saito監督はすごくオープンで、素直な方。そしてすごくポジティブなんです。やっぱり作品を作っていると困難なこともたくさんありますし、うまくいかないこともあったんですけれど、それをネガティブに捉えるのではなくて、チャンスだとして進んでいく力がすごくありました。みんながこう、監督を支えたい、協力したいっていう思いになれる人ですね」
――撮影はパリでも行われました。テロがあって撮影地変更の可能性もあったそうですが、パリで何か印象に残っている景色はありますか?
「パリはもう、パリに行けたことが奇跡的な状況でしたし、とにかく何とかこの期間で撮るという状況でした。地下鉄から苗子が上がってくるシーンでは、リハーサルのときにすごく雨が土砂降りになってしまって。でも、それも何か守られているのか、撮影本番の時には雨が上がって、路面は濡れているんだけども、光が差すというすごく美しい画になりました。その後も何とか撮れていった感じで、本当にありがたかったです」
――女優としていろいろな役どころを演じていらっしゃいますが、その面白さはどんなところにあるのでしょうか。
「さまざまな人生を、人物を、作品を通してですけど演じるということは、やっぱり自分という肉体を通して表現しているので、自分の主観がゼロではないとは思います。なぜそのような人格形成、人物像になっていたのかとか、その心理状況とか。生きてきた時間軸がそれぞれ違う人物を構築していくことは、人間を学ぶ時間と言いますか、生き方を学ぶ時間なんですね。なので以前、心理学などを勉強したりもしました。人間を分析していくのはすごく楽しくて、物語の背景だけでなく歴史的背景がある場合は歴史も学ぶこともできます。人間ってこうであるべきとか、それはありえないなんてことは一切なくて、こういう物語の中ではすべて自由。でも、普通に生きているとそんな訳にはいかないじゃないですか(笑)。それを飛び越えて何か表現できるってところが、この仕事の面白いところですね。だから、いつも常にゼロからのスタート。今回は『古都』という映画にかかわることで、改めて京都の文化に触れることができました。『ちゃんと役を生きる』ことをしたい。そう思って、いつもやっています」
撮影:渡部孝弘
取材・文:宮崎新之
先祖代々続く呉服店を継いだ佐田千重子(松雪泰子)には、生き別れになった双子の妹がいた。妹の名は中田苗子(松雪泰子/二役)。京都のはずれの北山杉の里で夫と林業を営んでいた。2人にはそれぞれ舞(橋本愛)と結衣(成海璃子)という娘がおり、各々が悩みを抱えていた。就職面接の合格が家族の口利きのおかげだったことを知り、内定を辞退する舞。絵画を勉強するためパリへ留学したが描きたいものを見つけられない結衣。ある日、舞はふとしたことから、パリへ行くことになるのだった。
原作:川端康成「古都」(新潮文庫刊)
監督:Yuki Saito
出演:松雪泰子(一人二役)、橋本愛、成海璃子
蒼れいな、蒼あんな、葉山奨之、栗塚旭、迫田孝也/伊原剛志、奥田瑛二
配給:DLE
©ヴィレッヂ・劇団☆新感線
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©フジテレビジョン