シリーズ決断 トップランナーたちの哲学
シリーズ決断 トップランナーたちの哲学

どんな状況でも 勝ち方は絶対にある 敗北という屈辱を味わった男のリーダー論

文=TBSテレビ『バース・デイ』プロデューサー菊野浩樹

ギリギリまで勝ち方を模索する、リーダー・原辰徳。そんな彼の姿で、今も忘れられない瞬間がある。

2009年のWBC、第2次ラウンドの韓国戦。勝ったほうが準決勝進出を決める重要な戦い。
日本代表はエース・ダルビッシュが先発。
初回、3点を奪われたものの、2回以降は立ち直り、1安打ピッチング。
打線も5回に1点を返し緊迫したゲームが続いていた。

しかし8回ウラ、日本は2死1.2塁のピンチを招く。
そこで日本代表・原監督が継投で出した投手が、連続フォアボールで押し出し、決定的な1点を奪われた。
結局、そのまま1-4で敗戦。
終盤、日本が押せ押せムードになっていただけに、8回ウラに奪われた1点は、まさに痛恨の極みであった。

そして他のピッチャーを出していれば、あるいは、1つ目の四球を出したところでピッチャーを代えていれば、など、ベンチの采配も取りざたされた。

私は、この試合をWBCの番組中継スタッフの一員として現地で見ていた。
負けた瞬間、日本の関係者は、なんともいえない重苦しい雰囲気に包まれた。

日本の次戦はキューバ戦だった。
強豪・キューバに負けたら終わり、ジ・エンド。
第1回WBCを王貞治監督のもとで制覇していた日本代表。
第2回WBCの日本代表監督は、現役監督からの選出となり、候補にはソフトバンク・秋山監督、巨人・原監督の名があがって、結局、原となった経緯があった。

絶対的な栄誉の後を引き受ける。
それは・・・絶大なプレッシャーをも背負うことになる。
私は、原・侍ジャパンは火中の栗を拾うことになってしまったなとも感じていた。
一方で、これが原辰徳という男の宿命かもしれないとも思っていた。
長嶋・王、というスーパースターの後で、巨人の4番を引き継いだ運命。
そしてまた、第1回WBC優勝国の監督を王貞治の後に引き継ぐことになった運命。
WBC日本代表は当然のように2連覇が期待されていた。
いや、課せられていた。

そんな中、決勝リーグに進むことすら危うくなる、手痛い敗戦。
しかも、エース・ダルビッシュをたてての敗北は、まさに後のない崖っぷちに立たされたことを意味していた。

その試合の直後、本当に15分もたっていなかったと思う。
スタジアムのウラ通路で偶然、私は原監督に出会った。
原監督は試合後の記者会見場に向かうところだったと思う。
本当に関係者しか入れない通路で、取り巻きの記者もいなく、おそらく広報担当者を1名だけ連れて、原監督はゆっくりゆっくりと歩いていた。

私がその場に出合わせたのは本当に偶然だった。
その試合の解説をしていたある人が体調を悪くして、試合終了してTV中継が終わるなりすぐに、送り出さねばならなかったため、その人とともに、関係者用通路を急いでいたのだった。

私は、原監督と目が合った。
原監督と私は面識があった。数名での食事会にご一緒させていただいたり、原監督の特集番組を組み、私自身が何度か取材をしたことがあった。
試合に勝っていれば、監督に「おめでとうございます」と言って、会釈をすればよい。
しかし、絶望的な敗戦の後で、かける言葉がとっさに浮かばなかった私は、ただ黙って会釈をするしかなかった。
ところが・・・。
原監督が

「よっ!」

といった感じで私たちに笑いかけたのだ。
それは、まさに予想外の笑顔だった。

痛すぎる敗戦・・・これ以上ないくらい追い込まれた崖っぷちの状況。
その直後に、笑顔を見せることができる男・・・。
それが、原辰徳という男であり、同時に優秀なリーダーの条件なのだと感じた。

その数分後、原監督は、記者会見の場で、全く弱音を吐くことなく、ただこう、口にした。

「もう一度、挑戦権を得るということですね。そのこと以外、考えていません」

ご存知の通り、その後日本代表は奇跡的な展開を経て、WBC2連覇という悲願を達成した。それらの試合もすべて生で観戦し歓喜の瞬間も目の当たりにした私だが、あの敗戦後の原監督の笑顔が一番、心に残っている。

原監督から、こんな話を聞いたことがある。

「負けた試合の翌朝が大事なんだ。ちゃんと元気に『おはようございます』と言えるかどうか。それが重要なんだ」

追い込まれたときこそ、リーダーたるものが前を向く。
泣き言をはかない。笑顔を見せて元気よく、おはようと挨拶する。
できるようでなかなかできないことを実践しているのが、名将・原辰徳だと思う。

【次ページ】 「勝利と敗北を知り尽くした名将から学ぶリーダー論……」

コラム作者プロフィール

菊野浩樹

1968年 5月14日 生まれ
1992年 TBS 入社
「バース・デイ」(TBS系にて毎週土曜夕方5時~5時30分に放送中)企画・プロデューサー。 
これまで「プロ野球戦力外通告」「石橋貴明のスポーツ伝説」「SASUKE」「モニタリング」「サワコの朝」などを担当。2012年には「劇場版 ライバル伝説~光と影」の総監督を務める。現在はTBSテレビ編成局編成部 長期戦略担当部長。
12月30日、夜10時~「プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男たち」
2015年1月3日、夜9時~「独占!長嶋茂雄の真実」
をTBS系列にて放送。

番組タイトルの『バース・デイ』とは、毎年、巡ってくる誕生日のことではありません。
夢を抱き、戦いに挑み、過酷な現実に直面した者たちに
訪れる、"人生に刻まれた、忘れられない大切な一日"その忘れられない一日を番組では『バース・デイ』と呼び、毎回、番組で取り上げる主人公が新しい自分に生まれ変わる瞬間を紹介していく番組です。

TBSテレビ『バース・デイ』
毎週土曜、夕方5時~TBSにて放送中!!
//www.tbs.co.jp/birth-day/

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