
2025.2.25
(一社)日本クリケット協会 提供
ここにきて、にわかに脚光を浴びている競技があります。2028年ロサンゼルス夏季五輪の追加競技に決定したクリケットです。日本人には馴染みの薄い競技ですが、世界には約3億人の競技人口がいると言われています。
五輪においてクリケットは、1900年のパリ大会で1度だけ開催されています。1世紀以上の空白を経て、実に128年ぶりに五輪の舞台に戻ってきます。
クリケットは16世紀にイングランド南部で始まったと言われています。クリケットバットとクリケットボールを用いて1チーム11人の2チームで争われます。交互に守備と攻撃を1回ずつ行うところはベースボールに似ていますが、守備では投手(ボーラー)と捕手(ウィケット・キーパー)以外のポジションは自由で、いつでも交代できます。
得点はランと呼ばれ、<打撃後やウィケット・キーパーがボールをそらした時などに2人のバッターがバットを持って走る(ラン)。守備側の返球でウィケットを倒されるよりも早く、2人ともバットか体の一部がクリースを越えるごとに1点。(往復で2点)>(日本クリケット協会公式HP)が入ります。
英国以外でクリケットの盛んな国としては、オーストラリア、インド、南アフリカ、西インド諸島など英連邦諸国に集中しています。
日本の競技人口は約5660人。サッカーが約309万人、野球が約268万人、バスケットボールが約237万人であることを考えれば、超マイナースポーツであると言っていいでしょう。
そんな超マイナースポーツを“国技”ならぬ“市技”として支えている自治体があります。栃木県南西部に位置する人口約11万2千人の佐野市です。ここには日本で唯一、国際規格の広さを備えるグラウンドがあります。このクリケット場、元々は2013年度に廃校となった県立田沼高校の土地でした。
そもそも、なぜ佐野市はクリケットを数ある競技の中から“市技”に選んだのでしょう。
きっかけは佐野市に住む日本クリケット協会・宮地直樹事務局長の提案でした。
(一社)日本クリケット協会 提供
「田沼高校の横を通るたび“廃校になるのかぁ。これだけ広いグラウンドがあるのなら、クリケット場にできないかなぁ”と思っていた。そこで自治体に“この広さがあれば、日本で最初の国際規格のクリケット場が造れますよ”と。そこから話が進んでいったんです」
日本とパキスタンが外交樹立60周年を迎えた2012年、廃校前のグラウンドで、女子パキスタン代表と女子日本代表の親善試合が行なわれました。これを機にグラウンドの整備が進み、国際クリケット場の造成へとつながっていったです。
佐野市は、今では自他ともに認める“クリケットのまち”です。
<市内の学校ではクリケットが体育や部活に導入され、地域クラブの設立や市内大会も開催されています。子供からから大人まで参加できるイベントや大会があり、愛好者が増えています。グラウンドは9つ整備され、多くの愛好者がプレーを楽しみに市外や県外、そして海外からも佐野市を訪れています>(日本クリケット協会公式HP 一部加筆修正)
地元からは日本代表も出ています。女子の小田恵里花選手です。現在、川崎ナイトライダースでプレーする小田選手は栃木県の出身。小学校と中学校では野球、高校と大学では陸上のやり投げをやっていたのですが、就職を機にスポーツから離れていたそうです。
ところが、書店で見つけた本でクリケットのことを知り、「他競技からの参戦も歓迎」と書いてあったことから、トライアルに応募したところ“補欠”となり、代表選手への道が開けたという変わり種です。
このように、日本では、まだまだ知名度の低いクリケットは、逆に言えば、多くの可能性を秘めた競技と言えるかもしれません。
ところで、試合時間の長いクリケットでは、試合中にティータイムが設けられています。競技を通じて「英国文化」を体験してみるのも一興です。
二宮清純
1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。

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