
「ファーストペンギン」という言葉があります。ペンギンはエサを獲るために、岩場から海に飛び込みますが、海には天敵がいます。いつ、どういうタイミングで飛び込むか。様子見をしている時に群れの中から1匹のリーダーが現れ、勇気を持って海に飛び込むと、尻込みしていたほとんどのペンギンが後を追います。ビジネスの世界では、リスクを恐れず、新しい分野に挑戦する者のことを、そう呼びます。
さる9月23日、横浜市内の中学校にて、男子シングルス元日本代表で世界選手権連覇(2018、19年)を達成した桃田賢斗選手と2016年リオデジャネイロ五輪女子ダブルス金メダリスト松友美佐紀選手が講師を務めるバドミントン教室が開かれました。
教室は『スマッシュ』『ロブ&レシーブ』『フットワーク&ヘアピン』『コート半面シングルス』『指導者講習会』などに分かれていました。桃田選手は主に『スマッシュ』、松友選手は『ロブ&レシーブ』を担当しました。
教室がスタートすると、体育館の空気がピンと張り詰めた緊張感に包まれました。桃田選手も松友選手も、コートの外から「どんまい!」と中学生に声をかけていました。中学生は、スマッシュを打ってはすぐさま列に並び直しました。
そこへ、ひとりの男子生徒がアドバイスを求めて桃田選手に近付いていきました。見るところ、桃田選手は身振り手振りでスマッシュのコツを教えているようでした。
それを機に、中学生たちの態度が一変しました。アドバイスを求めて、桃田選手と松友選手の前には長蛇の列ができました。ひとりの中学生が「ファーストペンギン」の役割を果たしたのです。
技術指導の後には、質問コーナーが設けられました。司会者が「桃田選手と松友選手に質問がある人?」と呼びかけると、ひとりの男子生徒が勢いよく手を挙げました。桃田選手はオフマイクながら、その生徒をこう褒めました。
「最初に手を挙げるのって、勇気がいるよね!」
ここにもファーストペンギンがいました。
©共同通信社
「これまで対戦した中で、一番強かったプロ選手は?」
桃田選手は、2008年北京、2012年ロンドン五輪男子シングルス連覇を達成した中国の林丹選手の名前を挙げました。
「スマッシュやロブなど何を打っても、まるで機械のように淡々と返されました。僕は、息が上がっているのに、林丹選手は息切れすらしていない。これは勝てないかもしれない、と感じた相手でした」
続いて手を挙げた女子生徒からは、具体的な質問が飛び出しました。
「試合中に緊張した時の対処法は?」
以下は、桃田選手の答えです。
「この人に勝ちたい、負けたくない、と考えた時に緊張するんだと思います。緊張している自分を1回、“よく、この場に立ったね”と褒めてあげてください」
緊張している自分を褒める――。世界一を経験したアスリートからのアドバイスを受け、女子中学生は何度もうなずいていました。
約3時間に及んだバドミントン教室を、桃田選手はこう締めくくりました。
「きょう僕が一番感じたのは、“ひとり目になる”ってすごく勇気のいること。(中学生からしたら)初対面の大人に話しかけるのってすごく怖いでしょう。そんな中でも、堂々と話しかけてくれた子どもたちの顔は、いまもすごく覚えています。何事に対しても勇気を持って行動し、挑戦する気持ちは、今後も持ち続けてほしいな、と思いました」
先に手を挙げる。先に質問する。こうした前向きな姿勢こそが、成長へのエンジンとなるのです。
二宮清純
1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。

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