二宮清純
二宮清純コラム ノーサイドラウンジCOLUMN
2019年8月15日(木)更新

“ブライトンの奇跡”生んだ
乾坤一擲のサインプレー

 ジャパンがティア2の環太平洋王者を決めるパシフィックネーションズカップを8年ぶりに制した8月10日、世界ランキング5位の南アフリカは南半球4カ国対抗ザ・ラグビーチャンピオンシップで優勝しました。両国は9月6日、埼玉・熊谷ラグビー場で対戦します。

「ビート・ザ・ボクス」

 日本ラグビーにとって記念碑とも言える一戦は2015年9月19日(現地時間)、イングランド南東部のまちブライトンのファルマー・スタジアムで行われました。

 世界ランキングは南アフリカが3位(当時)だったのに対し、ジャパンは13位(同)。W杯通算成績は南アフリカが25勝4敗だったのに対し、ジャパンは1勝2分け21敗。イギリスの大手ブックメーカー・ウィリアムヒルの「日本34対南アフリカ1」というオッズが、両国の実力差を物語っていました。南アフリカに1ポンド賭けて、予想通り勝ったとしても1ポンドしか戻ってこないのです。要するに賭けが成立しなかったということです。

 余談ですが、7月30日に死亡したディープインパクトは05年の菊花賞で単勝1.0倍というオッズをつけました。いわゆる“元返し”です。ファンにすれば「無敗で3冠」の記念馬券も同然でした。

 閑話休題。ジャパンの指揮を執るエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)は試合前の会見で聖書の一節にある「ダビデとゴリアテの戦い」を例に引き、こう檄を飛ばしたと言います。

「南アフリカはW杯史上最高勝率を残している。フィジカル面で非常に強く、経験豊富なチーム。翻ってジャパンはW杯で勝利が少なく、一番小さいチーム。みんな普通は槍を持って戦うだろうが、自分たちは他の武器で戦う」

 エディーさんは 南アフリカ戦で笛を吹くフランスのレフェリーを宮崎合宿に呼び寄せるなど、初戦に照準を合わせていました。レフェリーのクセを知ると同時に、レフェリーには日本の特徴を理解してもらうという狙いもありました。

 対南アフリカ戦用の秘密トレーニング「ビート・ザ・ボクス」もエディーさんのアイデアによるものです。そこには南アフリカ代表の愛称スプリングボクスを打倒する、とのメッセージが込められていました。

 どんな内容だったのでしょう。

「自陣から攻撃を始め、4フェーズ以内にボールを敵陣まで運ばなければならないんです。それができないと、“ターンオーバー”とコールされ、相手ボールになります。今度はそこから守り切る練習をしました。このきつい練習があったからこそ、本番で守り切れたんだと思います」(当時のジャパンのメンバー・大野均選手)

「全てイメージ通り」

「ビート・ザ・ボクス」で鍛え上げられた選手たちは、屈強な南アフリカの選手たちと互角に渡り合い、22対29で迎えた後半28分、大きな見せ場がやって来ました。この日のために練り上げてきたジャパンのサインプレーが、見事に決まったのです。

「府中12」。こうコールしたのはスタンドオフの小野晃征選手でした。ピッチの上で日本語を理解し、正確に解説できる選手は相手側にはいません。

 敵陣左のラインアウトからジャパンのアタックは口火を切りました。フッカー堀江翔太選手のスローインをロックのトンプソン・ルーク選手がキャッチし、スクラムハーフ日和佐篤選手、センター立川理道選手、小野選手、ウイング松島幸太朗選手へと流れるようにパスが回り、最後はフルバック五郎丸歩選手がインゴール右隅に飛び込みました。五郎丸選手のコンバージョンも決まり、ジャパンは29対29と試合を振り出しに戻したのです。

 このサインプレーを設計したのはコーチング・コーディネーターの沢木敬介さんでした。

 以下は沢木さんの解説です。

「南アフリカの試合を分析した結果、ディフェンスのコネクションが切れることが分かりました。具体的に言うと10番(スタンドオフ)のパット・ランビーと12番(センター)のジャン・デビリアスの連携が崩れるんです。そこを突こうと。そのためには立川が相手のスタンドオフにずっとプレッシャーを掛け続けなければならなかった。これにより消耗し、足が止まったランビーは後半17分に交代しました。デビリアスは守備範囲の広い選手なので遅れながらも小野についていこうとする。必然的にインサイドが空くんです。こちらは外側からセンターのマレ・サウが立川についていっており、小野はその裏を走っている。つまり相手からすればブラインドになる。そこへインサイドから松島が入ってくる。全てイメージ通りのプレーでした」

 ウイングのカーン・ヘスケス選手の歴史的な逆転トライが生まれるのは、この 14分後のことです。ブライトンでの大番狂わせを「ハリーポッター」シリーズの作者であるJ・K・ローリングさんは「私だってこんな筋書きは書けない」と独特の言い回しで称賛しました。

「歴史は必ず繰り返す。1度目は悲劇として、2度目は喜劇として」。こう語ったとされるのは、かのカール・マルクス先生です。9月6日のゲーム、「もう負けられない」との重圧を背負うのは、スプリングボクスの方かもしれません。

K.Ninomiya二宮清純
                                                 
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