写真:二宮清純

二宮清純コラム銀盤のカーテンコール

毎月第3月曜更新

2022年7月22日(金)更新 [臨時号]

羽生結弦、希望へのプロ転向宣言
新たなステージで4回転半再挑戦

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 2014年ソチ、2018年平昌と2大会連続で五輪を制したフィギュアスケート男子シングルの羽生結弦選手が7月19日、都内で会見を開きプロ転向を表明しました。晴れ晴れとした表情に、新たな旅路への決意が見てとれました。

「獲るべきものは獲った」

 会見当日のスポーツ紙には「羽生引退」という見出しが躍っていました。引退とは言っても、リンクを降りるわけではありません。五輪や世界選手権などには出場できませんが、アイスショーなどへの参加は自由です。

 本人は「自分のスケートがやっぱり見たいな、見る価値があるなって思っていただけるよう、これからもっともっと頑張っていきます」と抱負を口にしました。

 さらには、こんな発言も。
「競技会では、“もう獲るべきものは獲ったな”と思っています。競技会での評価を、もう求めなくなってしまった。別に競技会で(4回転半ジャンプを)降りなくてもいい。むしろ、競技会じゃない方が皆さんに僕が追い求めるフィギュアスケートを見ていただけるんじゃないか」

 獲るべきものは獲った、という発言に“絶対王者”の自負が見てとれます。競技会についても「寂しさは全然ない」と、きっぱり言い切りました。

 フィギュアスケートに限らず、「引退」を決めた名選手は、多かれ少なかれ未練を口にするものです。それを全く感じさせないばかりか、未来志向の発言に終始した羽生選手の姿に清々しさを覚えたのは私だけではないでしょう。

 3大会目の五輪となった今年の北京大会では、不運に見舞われ4位に終わりました。しかし、ISU(国際スケート連盟)公認大会で、史上初めてクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)が認められるなど、“羽生、ここにあり!”という痕跡を残しました。

アイスショーへの思い

 北京での記者会見では、フリーの楽曲に選んだ『天と地と』についても話す場面がありました。
「4回転半ジャンプ、クワッドアクセルは、できれば降りたかったのが正直なところですが、上杉謙信というか、自分が目指していた『天と地と』という物語にふさわしい演技でした」

 果敢に挑んだクワッドアクセルは、わずかに回転が足りず、その影響で着氷に失敗し、転倒してしまいましたが、自らの限界に挑み続ける姿に感銘を受けた人々は少なくなかったはずです。

 勝負に“たら”と“れば”は禁句ですが、安全運転に徹していれば、表彰台の一角を占めることは可能だったでしょう。しかし、羽生選手は、それを良しとはしませんでした。妥協の演技で何色かのメダルを獲ったところで、それは脱け殻のメダルでしかない――。きっと、そんな思いがあったのでしょう。

 NHKの大河ドラマ『天と地と』で石坂浩二さん演じる謙信は高橋幸治さん扮する武田信玄に対し、「首を渡すか、首をとるか。ふたつにひとつだ」と覚悟を決め、単騎で乗り込み、斬りかかります。北京での羽生選手は、さながら謙信が乗り移ったかのようでした。

 さらにはプロに転向したからといって、クワッドアクセルへの挑戦をやめるわけではありません。むしろ「競技者として、他のスケーターと比べ続けられることがなくなった」ことで、もっと大胆にチャレンジできるようになるのではないでしょうか。

 自らが思い描くアイスショーについて羽生選手は、こう語りました。
「アイスショーは華やかなエンターテインメントというイメージがあると思うけど、僕はアスリートらしく、もっともっと難しいことにチャレンジしたい。(難しいことに)挑戦し続ける姿、戦う姿を見ていただきたいと思っています」

 北京後も、「4回転半の練習は常にやっている」という羽生選手。未踏峰への挑戦は、これから本格化するといっても過言ではありません。

二宮清純

二宮清純 スポーツジャーナリスト

1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。

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