写真:二宮清純

二宮清純コラム銀盤のカーテンコール

毎月第3月曜更新

2022年8月30日(火)更新 [臨時号]

羽生結弦、“鎮魂の舞い”に込めた思い
復興への「ステップ・シークエンス」

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 2014年ソチ、18年平昌冬季五輪フィギュアスケート男子シングルの金メダリスト羽生結弦選手が8月27日、日本テレビ系「24時間テレビ45」で圧巻の演技を披露しました。プロ転向後初となるテレビでの演技披露には“鎮魂の祈り”も込められていました。

北京五輪で負った心の傷

 舞台となったアイスリンク仙台には、18年7月に西日本豪雨で被災し、今も広島県内の仮設住宅で暮らす17歳の高校生・三浦葉鈴(はれ)さんが招かれていました。

 11年3月の東日本大震災で、自らも被災した羽生選手は、同番組の企画で何度も国内の被災地を訪問してきました。復興は進んでも、被災者の心の傷まで簡単に癒えるものではありません。今回、羽生選手が「序奏とロンド・カプリチオーソ」を選んだのには、深い理由がありました。

 実はこの「序奏とロンド・カプリチオーソ」、羽生選手は過去に2度、競技会でのショートプログラムで披露しています。最初は21年12月の全日本選手権。このときは演技構成「曲の解釈」で10点満点と完璧の演技を披露しました。2度目はこの2月に行われた北京五輪です。序盤に組み込んだ4回転サルコウの踏切時、氷上の穴に足を取られるアクシデントに見舞われ、8位と出遅れました。

 あれから半年、羽生選手の心の傷が癒えたわけではありません。それが証拠に羽生選手は演技前、「怖くて踏み出せなかったプログラム」とボソッとつぶやきました。
「五輪でミスをしてしまったある意味、心の傷というか……。だからこそ、改めて挑戦したいなと思いました」

 注目は冒頭の4回転サルコウ。これを見事に決め、北京での苦い記憶を振り切ります。その後も、4回転トウループ-3回転トウループの連続ジャンプ、3回転アクセルも難なく決め、視聴者を“羽生ワールド”に引き込んでいきます。

「前に進むきっかけ」

 そして3回転アクセル後には、氷と戯れるようなステップ・シークエンス。復興への長い道のりを、一歩一歩粘り強く刻んでいる被災地の姿が想起されました。

 演技後、羽生選手は三浦さんが大好きだという「SEIMEI」をサプライズで披露しました。

 スペシャルアイスショー終了後、羽生選手はこう語りました。
「初めてこのプログラム(序奏とロンド・カプリチオーソ)が完成形として滑りきれた。僕も怖くてなかなか踏み出せずにいたプログラムでしたが、やっと乗り越えて前に進めます。皆さんにとっても、何か前に進むきっかけになったらいいなと思います」

 個人的に深く印象に残ったのはリンクを照らす白と青、そして黄色の光の柱です。柱がゆらゆらと揺れると光の海になります。幻想の海を泳ぐ羽生選手の胸に去来したものとは……。喝采も歓声もない“鎮魂の舞い”に込めた羽生選手のメッセージは、ヒューマニズムの色に染められたものでした。

二宮清純

二宮清純 スポーツジャーナリスト

1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。

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