2022年9月19日(月)更新
羽生結弦は「選手」か「さん」か
「僕はアスリート」言葉の裏の矜持
かつて長嶋茂雄さんは、ホテルにチェックインする際、宿泊カードの職業欄に「長嶋茂雄」と書いたという逸話があります。いずれ羽生選手にも、そうした時代がくるのかもしれません。国内はもとより、世界的にも羽生選手のことを知らない人はいないでしょうから。しかし、羽生選手は、「アスリート」という肩書きにこだわりがあるようです。
「登録無資格者」
「不思議ですよね、フィギュアスケートって。現役がアマチュアしかない。甲子園に出た(高校球児の)選手が野球を頑張ってきて、優勝しました。そして、プロになりました。それって(野球選手として)引退なのかなと言われたら、そんなことないじゃないですか。むしろ、そこからがスタートでしょう。僕は(フィギュアスケートも)それと同じだと思っています」
これは羽生選手が7月19日のプロ転向記者会見で口にした言葉です。サラッとした物言いでしたが、重要なことが包含されています。ある意味、羽生選手からの問題提起といっていいでしょう。
公益財団法人日本スケート連盟の「競技者資格規程」は、<スケートを愛好し、本連盟に競技者(役員・選手)として登録された者>を<競技者資格を有するもの>と定めています。すなわち「登録資格者」です。
では、「登録無資格者」は? 2つほど項目をあげます。(1)スケートで得た名声を本連盟の承認を得ることなしに、商業宣伝のために自らの肖像権を利用し、あるいはその利用を認めたもの。(4)スケートを行うことによって、ISU及び本連盟が認めていない金品を受け取った者。
以上に該当する者は、いわゆる「プロ」と見なされ、国際オリンピック委員会主催(IOC)の冬季オリンピック、国際スケート連盟(ISU)主催の世界選手権、日本スケート連盟主催の全日本選手権などの競技会には出場できないのです。1974年にIOCはオリンピック憲章から「アマチュア」という言葉を削除しましたが、スケートの世界は、いまだにアマチュアリズムを至上の価値として奉っているのです。
ここでは、その是非については論じません。不思議なのは、プロ転向と同時に羽生選手の呼称、表記が「選手」から「さん」に変更されたことです。現役を引退したアスリートが「選手」から「さん」に変わるのは当然ですが、羽生選手は現役を引退したわけではありません。プロに転向しただけのことです。にもかかわらず、メディアが「羽生さん」と呼んだり書いたりすることに少々、違和感を覚えるのは私だけでしょうか。
「アスリートらしくいたい」
その具体例をいくつか紹介します。
<日中国交正常化イベント29日羽生さん出演>(2022年9月13日付 日刊スポーツ)
<7月にプロ転向した羽生結弦さん(27)を、29日に都内で行われる日中国交正常化50周年記念式典に特別ゲストとして招待すると、主催の「日中国交正常化50周年記念慶典組織委員会」が12日発表した>(同年9月13日付 スポーツ報知)
<「手作り」羽生さんの発信力>(同年9月8日付 毎日新聞)
<羽生結弦さん(27)が27日、日本テレビ系「24時間テレビ45」でプロ転向後テレビ初となる演技を披露した>(同年8月28日付 デイリースポーツ)
<7月にプロ転向を表明した羽生結弦さんが、プロとして新たな一歩を踏み出した>(同年8月19日付 産経新聞)
さすがに「元選手」という記述はありませんが、プロ転向と同時に大手メディアは「さん」に変わりました。
8月28日、フジテレビTWOで放送された「羽生結弦が関西で舞う!ファンタジー・オン・アイス」内のインタビューでも羽生選手は「僕はアスリート」とはっきり語っていました。「アスリート」なら「選手」でしょう。
「僕はアスリートなので。フィギュアスケートは芸術性も大事かもしれないですけど、間違いなくスポーツではあるんです。スポーツである緊張感をアイスショーでも、羽生結弦のフィギュアスケートから常に感じてもらいたいなと思います」
羽生選手の現在の立場は、客観的に見れば「プロのアスリート」です。ならば呼称や表記は「選手」でいいのではないでしょうか。
そういえば羽生選手、プロ転向会見ではこんなことも言っていました。
「アイスショーって、華やかな舞台でエンターテインメントってイメージがあるんですけど、僕はもっともっとアスリートらしくいたい。もっと難しいことにチャレンジして、挑戦し続ける姿をみなさんに見ていただきたい。4回転半の練習は常にやっています。いろんな知見が得られたからこそ、“もっとこうやればいいんだ”という手応えがあるんです」
一般の人々が、どう呼ぶかは勝手ですが、表記には統一性が求められます。望ましいのは「羽生選手」か「羽生さん」か、機会があれば本人に聞いてみたいものです。
二宮清純