2022年10月17日(月)更新
17歳・マリニン、4回転半成功で新時代へ
フィギュアにも“バニスター効果”か!?
世界で初めてクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)を成功させたのは米国の17歳でした。さる9月14日(現地時間)、米国ニューヨーク州レークプラシッドで開催された「USインターナショナルクラシック」男子フリーで、イリア・マリニン選手が快挙を達成しました。
「ユヅに刺激を受けた」
動画で確認すると、マリニン選手がクワッドアクセルを試みたのは冒頭部分です。空中高く跳び上がり、右足でしっかり着氷しました。途中、4回転ルッツに失敗して尻もちをつく場面もありましたが、演技終了後には笑顔を浮かべていました。
実はマリニン選手、この5カ月前にも練習でクワッドアクセルを成功させています。彼のSNSにはその模様がアップされていました。ちなみに、マリニン選手のSNSアカウント名は「quadg0d(クワッドゴッド/4回転の神)」。ここにも4回転ジャンプに対するこだわりがうかがえます。
マリニン選手の父親のロマン・スコルニアコフさんは、1998年長野五輪、2002年ソルトレイクシティ五輪に出場したことがあるフィギュアスケーターです。母親のタチアナ・マリニナさんもウズベキスタン代表として長野五輪、ソルトレイクシティ五輪に出場しています。ロマンさんとタチアナさんは互いにコーチを務めていた時期もあり、文字通り公私にわたるパートナーだったということでしょう。
いわばフィギュアスケーター一家で生まれたマリニン選手は、物心がついた頃から氷に親しんでいたようです。日本風に言えば「門前の小僧習わぬ経を読む」ということでしょうか。今年4月にエストニアのタリンで行われた世界ジュニアフィギュアスケート選手権では、ショート、フリーともに1位で優勝を果たしています。
マリニン選手が羽生結弦選手を目標にしていたことは過去の衣装や、クワッドアクセル成功後の「ユヅに刺激を受けた」という言葉でも明らかです。マリニン選手にとって羽生選手は、羽生選手にとってのエフゲニー・プルシェンコさんのような存在だったのかもしれません。
認知バイアス
さて、マリニン選手のクワッドアクセル成功により、男子はいよいよ本格的な4回転半の時代を迎えることになりそうです。
スポーツ界には“バニスター効果”なる言葉があります。陸上の1マイル競走(約1600メートル)の記録は1923年4月にフィンランドのパーヴォ・ヌルミ選手が4分10秒3で走って以降、長きにわたって破られることはありませんでした。
「ヌルミの記録は、いつか破られるかもしれないが、4分を切ることは医学的に考えられない」。それが当時の医師や運動生理学者たちの共通見解でした。
ところが、54年5月、医学生でもある英国人のロジャー・バニスター選手が3分59秒4という驚天動地の世界記録をマークすると、その7週間後にはオーストラリア人のジョン・ランディ選手が記録を塗り替えてしまったのです。そこから、なんと1年間で23人ものランナーが3分台になだれ込んだといいます。先入観や固定概念により、非合理的、非科学的な判断をしてしまうことを「認知バイアス」といいますが、それが取り払われた時、その競技は新しい時代に突入するのです。
17歳のマリニン選手に先を越されたといっても、羽生選手がクワッドアクセルへの挑戦を諦めたわけではありません。マリニン選手より10歳年上の羽生選手が成功させれば、そこには、また別の味わいや感慨があるはずです。
羽生選手が支持者とともに、同じ思いを「共有」してきた時間の重さは、それ自体が尊く、かけがえのないものです。そして、それはこれからも、ずっと変わらないでしょう。
二宮清純