2022年11月21日(月)更新
羽生結弦、“フィギュアの限界超え”へ
アイスショーで見せた、その先の物語
さる11月4日、プロフィギュアスケーターの羽生結弦選手が、横浜市内のぴあアリーナMMで単独アイスショー「プロローグ」を開演しました。プログラムは代名詞の「SEIMEI」や新曲「いつか終わる夢」など全8曲で構成されていました。
「“選手”と呼んでくれたら」
「これより、6分間練習を始めます。選手は練習を開始してください」
会場に競技会公式戦さながらのアナウンスが流れると7900人の観客から大きな拍手が起きました。羽生選手の氷の感触を確かめるようなジャンプやリンクの隅々までチェックする滑りは、プロ転向前と何ら変わるところがありませんでした。
1曲目は「SEIMEI」。静寂を切り裂くように4回転サルコー、トリプルアクセルは3回も決めました。体力を削り取られる、難易度の高い演技構成でした。
演技後の羽生選手の話。
「SEIMEIに関しては完全に平昌五輪を思い出しながらやらせていただきました。構成としては4分7秒くらい。(競技会ではなく)プロだからこそできるトリプルアクセル3発などをやってみました。大勢のお客様が目の前にいると(反応がわかりやすいから)“自分は試されているな”と、良い緊張感をもってできました」
会場が暗転し、リンク脇のステージにライトが当たると、そこには三味線演奏者・中村滉己さんの姿がありました。中村さんは津軽三味線の世界大会で優勝を飾っている津軽三味線の世界的名手です。
2曲目の「CHANGE」では、その中村さんが奏でる一音、一音に合わせるようにステップを刻み、ターンを決めます。まるで演奏者と真剣勝負を演じているように。演技が終わると肩で息をしていました。
2曲目が終わるとトークコーナーに。初日最後の質問は、私自身が聞きたいものでした。
「プロアスリートとして新たなスタートを切られましたが、これからも羽生結弦選手と呼んでいいのですか?」
さて、羽生選手の答えは。
「この質問に関して、いつか答えたいと思っていました。
フィギュアスケートではプロになると選手ではなくなるかもしれませんが、僕にとって何ら変わりません。今日もSEIMEIをやる前に試合同様のアップをしました。今日に至ってはSEIMEIをやったその5分後にCHANGEをやらないといけない(笑)。めちゃくちゃ大変ですよ! 選手時代より体力をつけてきたつもりだし、いろんな表現もできるようになったつもりです。そういう意味でこれからも“選手”って呼んでくれたら嬉しいなと思います」
“永遠の旅人”
小欄をお読みの方はお分かりでしょうが、9月19日に更新したコラムで、私はこう書きました。
<不思議なのは、プロ転向と同時に羽生選手の呼称、表記が「選手」から「さん」に変更されたことです。現役を引退したアスリートが「選手」から「さん」に変わるのは当然ですが、羽生選手は現役を引退したわけではありません。プロに転向しただけのことです。にもかかわらず、メディアが「羽生さん」と呼んだり書いたりすることに少々、違和感を覚えるのは私だけでしょうか>
<羽生選手の現在の立場は、客観的に見れば「プロのアスリート」です。ならば呼称や表記は「選手」でいいのではないでしょうか>
羽生選手から“回答”を得て、我が意を得たり、とヒザを打った次第です。
ショーの後半には新プログラムも披露されました。タイトルは「いつか終わる夢」。自らが振りつけをし、MIKIKOさんの演出で、プロジェクションマッピングの上を滑りました。
白いベールを身にまとって登場した羽生選手、ベールを取ると氷上に“樹木”が表れ、そこを滑ると、小さな河が生まれます。やがて河は大きくうねり、海に向かい始めます。その演出自体が生命の躍動をイメージしているようでした。しかし後半には、うつむいたり苦しんでいる姿を強調する場面もあり、羽生選手がここまで歩んできた道のりを見ているようでもありました。
羽生選手によると、「これは元々、僕がやっていたクールダウンを曲にはめた」ものだったそうです。
「いつか終わる夢、というタイトルも含めて感じてほしい。僕の夢はオリンピック2連覇でした。そして、4回転半という夢を設定し、追求しました。僕はアマチュアの競技会では達成することができませんでした。ISU公認大会で初の4回転半成功者にはもうなれません。……そういう意味で、……いつか終わる夢」
そして、こうも。
「皆さんに期待していただいているのにできない。だけど、やりたいと願う。だけど、もう疲れた、やりたくない。自分の気持ちが疎かになって、壊れていって、何も聞きたくなくなって。でもやっぱり、皆さんの期待に応えたい。そういった心の中のジレンマを表現しました」
ジレンマや葛藤もまた、プロフィギュアスケーター羽生結弦選手にとっては、氷上で表現するテーマのひとつなのでしょう。
「フィギュアスケートの限界を超えていけるようにしたい」と羽生選手。安住の地にとどまらず、茨の道と知っていても、常にその先へ、その先へと向かおうとする彼は、“永遠の旅人”のようです。
二宮清純