写真:二宮清純

二宮清純コラム銀盤のカーテンコール

毎月第3月曜更新

2023年2月28日(火)更新 [臨時号]

羽生結弦、東京ドーム公演の余韻
「Gift from Heaven」を実感した日

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 プロフィギュアスケーター・羽生結弦選手は2月26日、スケーターとして史上初となる東京ドームでの単独公演「YuzuruHanyu ICE STORY 2023『GIFT』」を開催しました。ドームには3万5000人が来場し、ライブビューイングでは国内外合わせて約3万人がアイスショーを視聴しました。

2時間半の長丁場

 東京ドーム内のリンクは60m×30m。すなわち国際競技会と同じサイズでした。外野フィールド部分に設置された巨大スクリーンが真っ二つに割れると、ゴンドラに乗り、火の鳥の衣装に身を包んだ羽生選手が姿を現しました。プログラムの「火の鳥」はジュニア時代に披露していたものです。

 ショーはアニメーションや事前収録した羽生選手の語りを交えて進行します。羽生少年は温もりをくれる太陽が好きな一方で、月が嫌いになりかけます。しかし、月は太陽の光のお陰で輝いていることを知ると、徐々に月に歩み寄っていきます。

 羽生少年は「月にはたくさんの傷があることに気がついた」と語り、月にこう問いかけます。「痛くないの? どうして頑張れるの?」。それに月はこう答えます。「夜になるとみんなが見てくれるんだ。つらいことなんてないよ」。

 夢に向かってひた走る羽生少年。走る速度が速ければ速いほど、風の抵抗は増し、傷つきやすくなっていきます。

 やがて成長した羽生選手は、孤独や葛藤が混在する深い海の中で溺れそうになります。「たくさん戦ってきた。たくさん我慢した。たくさん嫌なことをした」と本人のナレーションが入り、「これはいつの傷? かさぶたになっているけど、治ってない」と続けます。そして「大丈夫、もう叶ったよ」と。

 もう叶ったよ、とは14年ソチ、18年平昌大会での五輪連覇のことだったのでしょうか。しかし、3度目の五輪となった北京大会では不運もあり、4位に終わりました。

 ショーを終えた羽生選手のコメントの中で、2つほど気になったものがありました。ひとつは「2時間半持つかなって正直思っていた」。前半と後半の間には40分のインターバルがあったとはいえ、2時間半は長丁場です。

非凡な空間認知能力

 以前、羽生選手は「フィギュアスケートは芸術性も大事かもしれないですけど、間違いなくスポーツではあるんです。スポーツである緊張感をアイスショーでも、羽生結弦のフィギュアスケートから常に感じてもらいたいなと思います」と語っていましたが、それを実証したと言っていいでしょう。

 ショーの前半ラストでは、北京五輪のショートプログラム「序奏とロンド・カプリチオーソ」を演じました。北京では氷上にできた穴にブレードを取られ、失敗に終わった「因縁のサルコー」。今回はこれも含め、全ジャンプを成功させました。

 日頃からトレーニングを怠らず、ベストに近いコンディションを保っている証左です。“アスリート羽生”の底力を見た思いがしました。

 もうひとつは、東京ドームに入った瞬間に感じた「自分って、なんてちっぽけな人間なんだろう」という言葉です。「3万5000人の方々、あとはこの空間全体を使った演出をしてくださった皆さんの力を借りたからこそ、ちっぽけな人間だとしても、いろいろな力が皆さんに届いたんじゃないかという気がしています」

 このコメントには、多分に物理的な意味が込められています。羽生選手は「技術的に言えば、やっぱり平衡感覚は掴みづらかった」とも語っていますが、これだけ天井が高いと、ジャンプの感覚が微妙に狂いがちです。それを22日に氷を張り始めてから本番までのわずかな時間で調整してみせるところに、私は羽生選手の非凡さ、すなわち「GIFT」(才能)を感じてしまうのです。逆説的に言えば、特別な才能(GIFT)の持ち主だからこそ、観客に贈り物(GIFT)を届けることができるのでしょう。

 この空間認知能力については、また別の機会に考察してみたいと思います。Gift from Heaven――羽生選手こそは「天からの授かりもの」だと実感した東京ドーム公演でした。

二宮清純

二宮清純 スポーツジャーナリスト

1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。

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