写真:二宮清純

二宮清純コラム銀盤のカーテンコール

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2023年6月19日(月)更新

羽生結弦、スケート靴へのこだわり
もはや足の一部、いや足そのもの?

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「八百万の神(やおよろずのかみ)」という言葉からもわかるように、森羅万象全てに神が宿る、という考え方は、おそらくこの国独自のものでしょう。スポーツの世界においては道具を大切にする文化が根付いていると言えます。

イチロー、バットへの思い

 日本において、「超一流」あるいは「一流」と呼ばれる選手は例外なく道具を大切に扱います。その右代表が日米通算4367安打のイチローさん(現シアトルマリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)です。野球少年・少女を指導する際、まずイチローさんは「道具を大事にしてください」と語りかけます。そうした心がけがなければ、どんなに練習してもうまくならない、と考えているのかもしれません。

 そのイチローさん、濡れた芝生の上にバットを置く選手を認めようとはしませんでした。水分を含むとバットが重くなってしまうためです。プロとしては、鈍感に過ぎるということでしょう。

 オリックス時代、打撃コーチとしてイチローさんの指導にあたった通算2038安打の新井宏昌さんも、バットの管理についてはことのほか気を使っていました。

 仮に新井さんが使っていたバットが910グラムだったとしましょう。梅雨時、バットを放置しておくと水分を含んで940グラムになってしまうことだってあるというのです。

 そこで新井さん、メーカーの担当者に頼んでバットの袋を二重にしてもらったといいます。「そこまでするくらいなら乾燥機に入れておいた方がいいのでは?」と問うと、「乾燥機で乾かしたバットはスカスカになり、折れやすいんです」という答えが返ってきました。さすがに“安打製造機”と呼ばれた新井さんだけのことはあります。こうした道具へのこだわりを、しっかりと受け継いだのがイチローさんだとも言えます。

イヤホンは特注品

 羽生結弦選手の道具へのこだわりも生半可ではありません。周知のように、羽生選手はプログラムで使用する楽曲を自ら編集するほど、音に対する強いこだわりを持っています。

 それを証明するのが、カバンに詰め、10個(2015年当時)持ち歩いていると言われるイヤホンです。これらを音楽の種類や聞く環境に応じて使い分けているというから驚きです。

 2018年にはウォーミングアップで動いている最中でも耳から外れない特注品をメーカーの協力を得て開発したと言います。自らの耳型まで取る徹底ぶりでした。

 羽生選手の道具へのこだわりは、スケート靴にも表れています。昨年7月23日、テレビ朝日で放送された緊急特番での、荒川静香さんとのやり取りは興味深いものでした。

「スケート靴について、トラブルがない理由は?」という問いに対する羽生選手の答えはこうでした。「基本的にスケート靴に自分が合わせていく感覚です。なかなか難しいんですけど、たとえば大きい靴、歪んだ靴だったとしても、“これ(この靴)で跳べないのは、自分のせいだな”と思います。“これで跳べるようにすればいいんだ”と。

 あとは、自分の体重が軽いので着氷の時、衝撃が少ないので靴が人よりももつということはあります。人によっては、3週間や1カ月でダメになっちゃう時もあるんですけど、今(放送当時)、履いている靴は3年以上になっていますね」

 イチローさんや新井さんがバットを単なる道具ととらえず、自らの体の一部、もっといえば腕や手と考えているように、羽生選手にとってスケート靴は足の一部、いや血が通った足そのものなのかもしれません。上手に滑るための、単なるギアではないのです。

二宮清純

二宮清純 スポーツジャーナリスト

1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。

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