2023年7月28日(金)更新 [臨時号]
羽生結弦、「向社会的行動」の原点
今では存在自体が“心のオアシス”
プロフィギュアスケーター羽生結弦。この肩書きになって今月19日で、ちょうど1年が経ちました。世界選手権や冬季オリンピックなどの競技会に出場しなくなってからも、羽生選手に関する話題が尽きることはありません。
際立つ見識と発信力
まずは最新のニュースから。羽生選手は自らが練習拠点にしている「アイスリンク仙台」に5588万1272円を寄付しました。羽生選手は東日本大震災が発生した2011年以降、ここに定期的に寄付を行い、2021年までで、その額は3144万2143円に達していました。
プロ転向1周年の記念すべきこの日、羽生選手はスポーツ報知に以下のようなメッセージを寄せました。
<この1年間、見守ってくださりありがとうございました。正直、時間の感覚があまりなくて、1年が経ったことに不思議な気持ちでいます。コロナのこと、世界のこと、多くの自然災害のこと、目粉しく進む時間の中で、たくさんの事に向き合って、表現できることを増やしたり、技術を磨いてきました>(2023年7月19日付)
この中で、私が注目したのが「コロナ」「世界」「自然災害」という言葉です。前回は羽生選手の「自然災害」への向き合い方について述べました。災害大国・日本においては、スタジアムやアリーナにも避難施設としての役割が求められており、アスリートとして、世界各国のアリーナで滑った経験や知見を、ぜひ披露して欲しい――。そうリクエストしたのは、羽生選手の見識と発信力が際立っているからです。
たとえば、フィギュアスケートにおけるプロとアマの違いについて。羽生選手の見解は、極めてシンプルで、かつ明快でした。
「不思議ですよね、フィギュアスケートって。現役がアマチュアしかない。甲子園に出た(高校球児の)選手が野球を頑張ってきて、優勝しました。そして、プロになりました。それって(野球選手として)引退なのかなと言われたら、そんなことないじゃないですか。むしろ、そこからがスタートでしょう。僕は(フィギュアスケートも)それと同じだと思っています」
ファッション誌にも登場
これを、どこかの第3者が言ったところで、取り上げるメディアは、ほとんどありません。羽生選手の発言だから耳目を集め、人口に膾炙していったのです。
近年、「向社会的行動」という言葉を、よく目にします。<何らかの外的な報酬を期待することなく、自由な意思によって他者や他の集団に恩恵を与えるような他者の利益を意図した行動>(非営利用語辞典)のことを、そう呼ぶようです。
<代表的な向社会的行動としては、人助けやボランティア活動など他者への「援助」(helping)がある>(同前)
羽生選手に顕著に見られる向社会性の強さは、16歳で遭遇した東日本大震災以来、多くの人々に支えられてきたという感謝の思いによるものでしょう。
そうした視点で、羽生選手の行動を見ていくと、ファッション誌に登場したのも、なんとなく理由が見えてきます。
周知のように出版市場は、インターネットに押され、1996年の2兆6563億円をピークに減少を続け、現在はピーク時の6割程度と見られています。
かつては商店街に必ずあった小さな本屋さんの多くが姿を消し、まちの風景は一変しました。それも世の流れと言ってしまえばそれまでですが、なくなって初めて気付くのが“心のオアシス”の大切さです。
先のファッション誌を、私は昔、よく通った商店街の本屋さんで手に入れました。本を買うために電車に乗ったのは、随分、久しぶりのことでした。そうして手に取った表紙には、新鮮な驚きがありました。その感想については、また別の機会に。
二宮清純