写真:二宮清純

二宮清純コラム銀盤のカーテンコール

毎月第3月曜更新

2024年2月19日(月)更新

“慈しみの人”羽生結弦の佐賀公演
被災地に届けた連帯のメッセージ

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 プロフィギュアスケーター羽生結弦選手の佐賀公演は、メディアにも随分取り上げられたことで、大きな反響があったようです。今回は羽生選手が佐賀にもたらした、有形無形の効果について書いてみましょう。

「羽生結弦」出演の番組一覧はこちら

「原爆を重く受け止めて」

 公演はSAGAアリーナにて2日間(1月12日、14日)行なわれ、初日は5500人の観客を動員しました。2日目は公表されていないようですが、ほぼ同数の観客が詰めかけたようです。一説によると5億円近い経済効果があったとも言われています。

 SAGAアリーナは最大収容人数8400人の多目的アリーナで、“九州最大級”と謳われています。2023年5月に開業しました。総工費は約257億円。

 佐賀県の人口は約80万人、県庁所在地でSAGAアリーナがある佐賀市の人口は約23万人。この人口規模を考えれば、かなりの投資だったと言えるでしょう。

 現在は、プロバスケットボール・Bリーグ1部の佐賀バルーナーズとバレーボール・Vリーグ女子1部の久光スプリングスがホームアリーナとして使用しています。

 しかし、スポーツの試合だけで、採算を均衡させるのは至難の業です。アリーナ事業を黒字化させるには、有名アーティストのコンサートなどイベントを充実させるしかありません。

 絶大な人気を誇る羽生選手のアイスショーは、佐賀県(指定管理:株式会社 SAGAサンシャインフォレスト)にとって慈雨のようなものだったでしょう。

 佐賀での公演(2日目)で羽生選手は「佐賀は長崎に近いということもあり、原爆の話もすごく重く受け止めながら今日を過ごしていました」と語り、こう続けました。

「今回のRE_PRAY、命についてたくさん考えるような物語、言葉たちを綴ってきたつもりです。こうやって自分が滑ることで、プログラムたち、物語たち、言葉たちにこれからも祈りを込めて、表現していくつもりです」

 まさか原爆について言及するとは、私自身考えていませんでした。羽生選手は、やはり“慈しみの人“です。

アリーナは防災拠点

 もっとも、自治体がスタジアムやアリーナを持つ目的は、地域振興だけではありません。災害大国・日本にとって、スタジアムやアリーナは防災、減災の拠点であると同時に避難所の役割をも荷っているのです。

 具体例を紹介しましょう。日本がラグビーワールドカップ史上初めてベスト8進出を果たした2019年日本大会。決勝トーナメント進出をかけた1次リーグのスコットランド戦は、10月13日、横浜市の日産スタジアムで行なわれました。

 このスコットランド戦、当初は開催が危ぶまれていました。台風19号が日本列島を直撃し、関東甲信越から東北にかけて甚大な被害を受けていたからです。横浜市ではスタジアムの近くを流れる鶴見川が氾濫しました。

 しかし、心配は杞憂に終わりました。日産スタジアムは“高床式”になっており、堤防を越えてあふれた水は、遊水池機能を有するスタジアムが全てのみ込んでしまったのです。

 こうして試合は無事行なわれ、日本はスコットランドを破ってベスト8進出を決めました。スタジアムは熱狂を演出するとともに、地域住民を水害から守ったのです。

 調べてみると「SAGAアリーナ」にも防災、減災機能が備わっていました。停電時に備えた照明や非常用電源を完備するほか、上下水道が途絶えた場合に備え、受水槽と緊急排水槽が設置されていたのです。

 東日本大震災の被災者のひとりである羽生選手が熊本豪雨の被災者に面会し、聞き取り調査を行なったことは、以前にも書きました。九州初の単独公演の舞台に「SAGAアリーナ」を選んだ理由のひとつには、スタジアムやアリーナが有する防災、減災機能について、もっと知って欲しいという隠れたメッセージもあったのではないでしょうか。

 おびただしい被害を生んだ能登半島地震から、1カ月半が過ぎました。演技を通じて羽生選手は、連帯のメッセージを被災地に届けたかったのかもしれません。

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二宮清純

二宮清純 スポーツジャーナリスト

1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。

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