2024年6月17日(月)更新
羽生結弦「動」と「静」のコラボ
“感性の放電”がつくり出す異空間
羽生結弦選手は、5月下旬から6月上旬にかけて行なわれたファンタジーオンアイス2024の幕張公演と愛知公演で歌手のT.M.Revolution/西川貴教さんと共演しました。楽曲はMeteor-ミーティア-。西川さんの歌に合わせて滑りました。異色のコラボレーションは、観る者に多くの示唆を与えました。
非対称な関係
羽生選手いわく、<(ミーティアは)本当に小さいころから聴いている曲ですし、歌詞見ないで全部うたえるし。自分の耳にも体にも馴染んでいる曲>(ファンタジーオンアイス2024~in MAKUHARI公式パンフレット)。
このコラボレーションについて、弊社(株式会社スポーツコミュニケーションズ)の大木雄貴記者は、ウェブサイト・SPORTS COMMUNICATIONS(https://www.ninomiyasports.com/)(Xアカウント:@SPCOM_JP)に次のようなレポートを寄せました。
<演技終盤、西川が大サビに入る少し前。羽生はジャンプを跳ぶために助走をつけた。しかし、彼は自分の間合いでは跳ばず、もう一度膨らみ直した。(中略)そして、羽生はタイミングを計りながら西川の美声が一番盛り上がるところでトリプルアクセルを決めた。>
言うまでもなく、西川さんは舞台にいます。マイクを持って歌っています。西川さんが羽生選手の滑りに合わせて歌うことはできません。合わせるのは、あくまでも羽生選手の仕事です。
いわば、西川さんが「静」であるのに対し、羽生選手は「動」です。これが静対静、あるいは動対動なら、阿吽の呼吸で合わせやすいのかもしれません。だが、非対称である場合、合わせる側には一工夫も二工夫も必要になってきます。
西川さんのケースとは異なりますが、少々重なるのが2023年3月の公演「notte stellata(ノッテステラータ)」にスペシャルゲストとして出演した内村航平さん(体操男子個人総合で12年ロンドン大会、16年リオデジャネイロ大会で五輪連覇)とのコラボレーションです。
「特権的感性論」
公演終了後、内村さんはこう語りました。
「正直、フィギュアスケートと体操で呼吸を合わせるのは難しいかなと思っていました。しかし“内村さんが思うように演技してくれたら、僕がそれに合わせます”と彼が言ってくれたので“じゃあ、お願いします”と(笑)。床で演技していると横目で羽生君が滑っているのが見える。彼から“お互いに息を合わせよう”という思いがすごく伝わってくるんです。それがとてもうれしかった」
言葉をかわさなくても、瞬時に互いのことがわかる。それをテレパシーの一言で片付けてしまうと、何やらオカルトっぽくなってしまいますが、“感性の放電”とでも言うべき異次元のコミュニケーション能力は、超一流の表現者だけが持ちえる特権と言えるかもしれません。
さる5月4日に他界した状況劇場の創始者・唐十郎さんが唱えた「特権的肉体論」にならっていえば、「特権的感性論」。ある意味、これは“氷上の異種格闘技戦”であり、羽生選手がこれまで培ってきたフィギュアスケートの常識が通用しない異空間です。だからこそ、そこにはワクワクとドキドキとハラハラがあるのです。
プロ転向後、内村さんからスタートした異色のコラボレーションは、ISSAさん(DA PUMP)、中島美嘉さん、大地真央さんときて、西川さんで5人目です。誰がパートナーでも、羽生選手はその良さを引き出し、足し算ならぬ掛け算方式で、コラボレーションに付加価値をもたらしています。次の“異種格闘技戦”が今から楽しみです。
二宮清純