写真:二宮清純

二宮清純コラム銀盤のカーテンコール

毎月第3月曜更新

2024年12月17日(火)更新

羽生結弦、「生誕祭」で珠玉の舞い
「滑り」と「語り」の限りなき融合

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 プロフィギュアスケーター羽生結弦選手が制作・指揮する「ICE STORY 3rd - Echoes of Life - TOUR」の埼玉公演が12月7日、9日、11日の3日間行なわれました。奇しくも初日の7日は、羽生選手の30回目の誕生日。会場のさいたまスーパーアリーナには1万4000人の観客から「ハッピー・バースデー」コールが起きました。

「ハッピー・バースデー」

 公演終了後の囲み取材で、「ハッピー・バースデー」について聞かれた羽生選手、笑いを交えて、こう語りました。

「自分が幼い頃からずっと思っていた30代というものと、今現在、自分が感じている体の感覚や精神状態を含めると、全然想像と違っているなと思います」

「今という(時間の)中で最善を尽くしていくことで、自分の中では“30? オッサンじゃん!”って思っていたものとは違った30代を迎えることができたなって、何となく思っています」

 7月16日配信号で、私は「三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る……」という論語の一節を引き、合わせて30歳を意味する「而立(じりつ)」という孔子の言葉も紹介しました。

<忘れてならないのは、「志学」から「而立」までに15年の歳月を要しているということです。最低でも、そのくらいの年月をかけて思索に耽らなければ、本物の学問を修めることはできず、必然的に一身独立を果たすこともできないということでしょう>

 第3弾は「Echoes of Life」。和訳すれば、「命の鳴動」です。羽生選手が「命」と「生きること」をテーマに物語を組み立てた背景には、次のような理由があります。

「自分は小さい頃から生命倫理学について考え、それを大学で履修する中で、生きるということの哲学についてすごく興味を持ちました。そこからずっと、自分の中でぐるぐるとしていた思考や理論を勉強し直してきました」

 羽生選手は18歳から大学で生命倫理について学び始め、学んだ知識や知見を脳の倉庫に眠らせることなくアップデートさせてきました。まさに「志学」から「而立」に至る12年の歳月が思考を鍛え、表現を磨いてきたと言っていいでしょう。

“氷の華”と“風の化身”

 参考までに初日のセットリストを記します。

◆本編
① First Pulse
② 産声~めぐり
③ Utai IV~Reawakening
④ Mass Destruction-Reload-
⑤ ピアノコレクション
 (⑤-1)6Pieces for Piano,Op.118:No.3,Ballade in G Minor.Allegro energio
 (⑤-2)The Well-Tempered Clavier,Book 1:No2,Prelude and Fugue in C Minor,BWV 847
 (⑤-3)Keyboard Sonata in D Minor,K.141
 (⑤-4)12 É tudes,Op.25:No.12 in C Minor “Ocean”
 (⑤-5)12 É tudes,Op.10:No.4 in C-Sharp Minor “Torrent”
⑥ Ballade No.1 in G Minor,Op.23
⑦ Goliath(2024Remix)
⑧ アクアの旅路(Piano Solo Ver.)
⑨ Eclipse/blue
⑩ GATE OF STEINER-Aesthetics on Ice
⑪ Danny Boy
⑫全ての人の魂の詩
◆アンコール
Let Me Entertain You
阿修羅ちゃん
SEIMEI

 個人的にはインターミッションから2つ目となる9番目の「Eclipse/blue」に目を奪われました。

 自らが事前に収録したナレーションに合わせて滑るパフォーマンスは、コンテンポラリーダンスの要素を多分に含んだものであり、またパントマイムのようにも見えました。

<運命は静かに囁く。足元に影を落とし、ただその影を追うようにわたしは歩いている>

 羽生選手が足元に視線を落とすと、その視線を追うように、私たちの視線も下を向きます。まるで見えないタクトに操られているように。

<運命は風。姿は見せずとも見えないままに導く。その風に身をゆだねて、命は揺れながら進む>

 羽生選手が鋭くターンすると、氷の断片がしぶきのように宙を舞い、スポットライトを浴びて“氷の華”と化します。ヒラヒラとなびく薄緑色の衣装は“風の化身”のようです。

「滑り」と「語り」が限りなく融合し、それ自体が生命体のように紡がれ、織りなす「物語」の豊穣。ハッピー・バースデー! フィギュアスケートの領域を超えた芸術が誕生した夜でした。

「羽生結弦」出演の番組一覧はこちら

二宮清純

二宮清純 スポーツジャーナリスト

1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。

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