2025年3月17日(月)更新
野村萬斎が認めた「職業・羽生結弦」
「個人活動を超え何かを成し遂げる」

プロフィギュアスケーター羽生結弦選手が座長を務めた「notte stellata(ノッテ・ステラータ)2025」が3月7日~9日にかけて、セキスイハイムスーパーアリーナ(宮城県利府町)で開催されました。このショーには、スペシャルゲストとして狂言師・野村萬斎が出演、それにより大きな話題を集めました。
鎮魂と再生のボレロ
東日本大震災の被災地である宮城県から希望を発信することをコンセプトに2023年3月、notte stellataは産声をあげました。今年で3回目です。萬斎さんとのコラボは、羽生選手のたっての要望でした。
萬斎さんは2001年、映画「陰陽師」で安倍晴明役を演じました。映画のメインテーマ曲を使用したプログラム「SEIMEI」は、羽生選手いわく「(自分の演目の中で)一番大事な大事なプログラム」。
さて2部構成によるnotte stellata2025。羽生選手と萬斎さんは1部最後の「MANSAIボレロ×notte stellata」と、2部最初の「SEIMEI」で共演しました。
1部の「MANSAIボレロ」は、東北の鎮魂と再生を祈念し、萬斎さんが2011年に世田谷パブリックシアターで披露したものです。三番叟を軸とする狂言の発想と技法が用いられた独舞です。羽生選手は「鎮魂と再生の物語であるボレロは、絶対にやりたいと思っていた」と初日公演後に語りました。
毎年、notte stellataの会場となるセキスイハイムスーパーアリーナは3.11の際、遺体安置所として使用されました。この場所でボレロを披露することは、萬斎さんにとって悲願でもありました。
「(ボレロを演じていて)感極まりそうになりました。始まる時に一瞬、霊感ではないのですが皆さんの魂を感じるというか……。皆さんの思いが私に乗りかかってくるというか。そういう場所で(のボレロ披露は)、狂言に携わる者としての使命を再認識しました」
萬斎さんの足拍子は迫力満点でした。アイスリンク中央の5.4m四方の舞台の床を強く踏みしめ、「ダーン」と大きな音を響かせます。ボレロには雪、晴れ、嵐など天気や季節の描写が多く出てきます。金色の振袖つき衣装を纏った羽生選手は、氷すれすれに上半身を近付けるハイドロブレーディングを披露しました。腕を伸ばし、袖をひらひらとなびかせることで風の強さを表現しました。
一方の萬斎さんは、高さが1m以上ある舞台からマットが敷かれたリンクにジャンプして飛び降り、演技を締めました。以下は萬斎さんによるボレロの解説です。
狂言とスケートの融合
「MANSAIボレロは、作るうちにどんどん(表現や描写を)削ぎ落としました。3.11への祈りに変換していく中で実は、具体的には子どもを抱きあげて助けを求めたり、苦しい中にも花は咲くよ、とか。生きていれば雨も降るよ、夏も来るよ、というイメージ。それらを多少具体的にしながらも、抽象的な概念にしていき、最終的に人間の一生を垣間見せる。死からもう1回、次の生に飛翔する。それが最後のジャンプにつながる。そんな意味を込めています」
「SEIMEI」で、萬斎さんは安倍晴明を演じました。羽生選手は晴明が操る式神に扮しました。「いつも僕が(ひとりで)SEIMEIを演じる時は、僕自身が安倍晴明になって滑るのですが、今回は晴明に使役する従者、式神という構成で演出していただきました」と羽生選手は語りました。
萬斎さんが「天・地・人」「出現、羽生結弦!」と叫び、紙の人形に息を吹き込むと羽生選手がリンクに登場しました。萬斎さんが指先を動かす振りをすると、それに呼応するように羽生選手が動きます。4回転サルコー、4回転トウループからの3連続ジャンプを決めました。
羽生選手がイナバウアーを披露すると、それに呼応するように萬斎さんも舞台上で上半身をのけ反らせました。羽生選手がキャメルスピンを見せると、萬斎さんは狩衣の袖を広げながら、舞台上をくるくると回りました。
初日公演後、萬斎さんは「私は“職業・野村萬斎”と名乗っている」と前置きし、独特な言い回しで羽生選手を称えました。
「彼は非常に大きなものを背負っている。公人と言いますか、単なる個人の活動の枠を超えていることが素晴らしい。彼のスケートにとどまらない発想が凝縮されたショーでした。“職業・羽生結弦”は益々、何かを成し遂げていくんだろうなと思いますね」
私は2022年9月19日配信の小欄でこう記しました。
<かつて長嶋茂雄さんは、ホテルにチェックインする際、宿泊カードの職業欄に「長嶋茂雄」と書いたという逸話があります。いずれ羽生選手にも、そうした時代がくるのかもしれません>
私の予想をはるかに超えるスピードで「職業・羽生結弦」の時代が到来したと言っていいでしょう。同時代に生きることのできる喜びを、今しみじみと感じています。

二宮清純