2025年4月21日(月)更新
羽生結弦と野村萬斎、表現者の10年
道を極めても、なお難路に挑む“畏友”

あれから1カ月以上がたつというのに、羽生結弦選手と野村萬斎さんの、SEIMEIでの共演の余熱がおさまりません。4月7日と14日にNHKラジオ第1で放送された2人のトークも随分と話題になりました。
“令和の晴明”の妖しさ
羽生選手が座長を務める「notte stellata(ノッテ・ステラータ)2025」が3月に宮城県・利府町のセキスイハイムスーパーアリーナで開催されました。あらましについては前号でお伝えした通りです。
圧巻は羽生選手と萬斎さんのSEIMEIでのコラボでした。萬斎さんが安倍晴明を演じ、式神に扮した羽生選手を操りました。
平安時代の陰陽師である安倍晴明は謎の多い人物ですが、萬斎さんが演じると妖しさが液体のように染み出してくるから不思議です。
オープニングから、私は“令和の晴明”の妖しさに魅了されました。呪いをかけるように「天」「地」「人」と言葉を発し、「出現、羽生結弦」と告げると会場は大きな歓声に包まれました。
その後、萬斎・晴明は、紙の人形(ひとがた)に、まるで命でも与えるかのようにフッと息を吹きかけます。人形がひらひらと落下し、それを合図に羽生選手が暗闇からリンクに登場する演出は、見る者を幻想的な世界に誘ってくれるものでした。
萬斎・晴明が人差し指と中指を立てた右手を反時計回りに動かすと、それに操られるように羽生選手はリンクを反時計回りに滑ります。
演技を始める前、羽生選手は右手の人差し指と中指を立て、胸の前に持っていきました。そして曲が流れ始めるや、羽生選手は素早く左手の手のひらを天井に向けました。映画「陰陽師」で披露された有名な振り付けです。そして、これこそが10年前に萬斎さんが羽生選手に授けたものでした。
2015年の年末、2人はテレビ番組(NHK BS1「羽生結弦×野村萬斎 表現の極意を語る」)で対談しました。前年のソチ五輪で羽生選手は金メダルを胸に飾っていました。
2015年6月のアイスショー「ドリーム・オン・アイス」で初披露したSEIMEIで、羽生選手は左手をグーの形に握っていました。
絶妙な間合い
このポーズに萬斎さんは違和感を覚えたと言います。
「最初、晴明と同じポーズをしていただいていましたけど……。僕は烏帽子があり、そのバックに(狩衣の)左腕の大きな袖が来る。大きな布が烏帽子の後ろに来るから、こうなっている(狩衣の袖を持っているから左手がグーに)わけですけども。身に付けている物が違うなら、アレンジする必要性がある。“この左手はなんぞや?”と僕は気になりました」
それに対する羽生選手の答えは、こうでした。
「(振付師に)振り付けされたままやっていました」
萬斎さんは続けました。
「(僕が演じた)晴明がやっていたから、というのではなくて、型は自分で解釈していくもの。たとえば、こう(左手を握らずに開く)して天に向ける。(人差し指と中指を立てた右手で天と地の)水平軸をとる。自分の意識は地に、足にある。まさしく、“天・地・人を司っているのやぁ!”と意識を込めれば、それが集中の1つの契機になりますよね」
今月14日のNHKラジオ第1で萬斎さんは、羽生選手とのコラボについて「こっちが楽をしちゃいけないし、邪魔もしちゃいけない」と語っていました。
これは含蓄のある言葉です。式神を操る晴明ですが、実は操る側も大変なのです。羽生選手の前に出過ぎてもいけないし、隠れ過ぎてもいけない。絶妙な間合いを取るための腐心が、「良い関係性を保ちながら、させていただきました」という萬斎さんの言葉から読み取ることができました。
また式神には式神なりの萬斎・晴明に対するアプローチがあり、羽生選手は「野村萬斎に息を切らせるようなことはするなと。本当に思いました」と語っていました。
このあたりの微妙な距離感、関係性はそれぞれの道を極めた2人にしかわからないものでしょう。道を極めて、なおも難路に挑もうとする2人の表現者が生み出す次なる作品を、今は静かに待ちたいと思います。

二宮清純