2025年10月06日(月)更新
羽生結弦「天職」のミッション
「少しでも人に喜んでいただく」

プロフィギュアスケーターの羽生結弦選手は現在メンテナンス期間中です。リフレッシュ後の再起動が楽しみです。さて9月から、CSテレ朝チャンネルにて「羽生結弦5カ月連続放送」というタイトルの番組がスタートしました。28日には、単独アイスショー「プロローグ」の横浜初日公演(2022年11月4日、ぴあアリーナMM)が放送されました。
転機のチャリティー演技会
ショーの構成にはショッキングな映像も一部含まれていました。大地震による津波が民家を飲み込むシーンは、何度見ても言葉を失います。さらには被害を受けたアイスリンク仙台の写真、キャリーケースを引きながら新幹線に乗る羽生選手の映像も残されていました。
羽生選手は被災から10日後、練習拠点を仙台市から一時、横浜市に移しました。青森県八戸市で合宿を経て、再び横浜へ。「こんな状況で僕はスケートを続けていいのか」と苦悩の日々を送りました。
転機となったのは、2011年4月9日、神戸市立ポートアイランドスポーツセンターで行なわれたチャリティー演技会でした。
「少しでも自分が必要とされているのなら……」。羽生選手はショートプログラム(SP)の「ホワイトレジェンド~白鳥の湖~」を披露しました。白鳥を連想させる衣装に身を包み、長い腕で翼を表現しました。万全とは言えないコンディションの中、3回転ジャンプを2種類も成功させました。演技を終えると、割れんばかりの拍手が待っていました。
このチャリティーで集まった1272万7838円は、日本赤十字社を通じて東日本大震災の義援金に充てられました。
当時の彼を支えていたのは、こんな思いでした。
「自分の好きなことを精一杯やって 少しでも人に喜んでいただけたのなら、これ以上の幸せはない」
人間には「天職」があります。自らの能力や才能が最大限生かされ、なおかつ、それが人々に希望や勇気を与え、生活を豊かに彩り、QOLを向上させる。あるいは社会を活性化させ、時代を前に進める。そんな仕事に巡り会えた人は幸せです。
「あふれ出る思い」
蛇足ですが、ある五輪の金メダリストから、こんな話を聞いたことがあります。
「オリンピックで金メダルを取った時は、素直に自分を褒めたかった。苦しい練習に耐え、歯を食いしばって頑張ってきた甲斐があったと思った。自分を支えてくれたスタッフや家族も喜んでくれた。しかし、金メダルを取って本当に良かったと思ったのは、その数年後。児童養護施設で講演し、子供たちに金メダル見せ、触らせたところ、急に目の色がかわった。自分たちも頑張れば、夢は叶うんですねと。スポーツには、こんなに力があるのか。金メダルには、こんな力があるのか。そのことを初めて知った瞬間でした」
羽生選手に話を戻しましょう。25年7月、ゼビオアリーナ仙台(仙台市アリーナ)のリニューアルオープンを記念したアイスショーの演技を終えた後、神妙な面持ちでこう語りました。
「どうしても仙台のリンクで練習し続けるという中で、世界のトップを狙っていくということになると、もっと恵まれた環境にいかざるを得ないという葛藤は、僕も含めてありました。逆に、そういうことがあると、故郷への思い、家族への思い、仲間への思い(も含め)いろんな思いがうわーっとあふれ出る時が絶対ある。好きな場所で好きな仲間と好きな先生と一緒に、ずっと(スケートを)できたらいいなっていうことは思いました」
故郷や家族、仲間と離れざるを得なくなったことで、より故郷や家族、仲間への思いが増していったのでしょう。だが、ここまではよくある話です。羽生選手が一線を画すのは「少しでも人に喜んでいただく」ことを目的に、地元のみならず、あまねく被災地を巡っていることです。復帰とともに、“鎮魂の旅“も再開されるはずです。

二宮清純