2025年11月4日(月)更新
アイスショーからアイスストーリーへ
羽生結弦が進化させたエンタメの未来
アイスショーとは、文字通りスケートリンクを舞台に行なわれる、エンターテインメント性の高いショーや公演のことを言います。諸説あるものの、アイスショーは1915年頃、ニューヨークの巨大な劇場でヨーロッパのスケーターたちを招待して始まったと言われています。
新ジャンル創出
第1次世界大戦が始まったのが1914年7月。戦場となった欧州への軍事物資供給を背景に、米国は繁栄への礎を築きつつありました。19世紀後半から台頭してきた新富裕層にとって、アイスショーは、新しい時代を感じさせるクールなエンターテインメントだったのかもしれません。
それから100年超。プロフィギュアスケーター羽生結弦選手は「ICE STORY」という新しいジャンルのアイスショーを創出したと言えるでしょう。
羽生選手がプロ転向後、セルフプロデュースしたアイスショーと、制作総指揮を執った「ICE STORY」を見ていきましょう。
・単独アイスショー「プロローグ」 2022年11月4日~
・ICE STORY 2023 「GIFT」at Tokyo Dome 2023年2月26日
・ICE STORY 2nd「RE_PRAY」 TOUR 2023年11月4日~
・ICE STORY 3rd「Echoes of Life」 TOUR 2024年12月7日~
今から3年前に披露した「プロローグ」に「ICE STORY」の文字はありません。しかし、ひとりで滑り切り、演出の一部に映像を使用するなど、既に「ICE STORY」への予兆は示されていました。
その3カ月後の東京ドーム公演では、初めてタイトルに「ICE STORY」という文字が刻まれ、ナレーションやCGもブラッシュアップされ、エンターテインメントとしての完成度が一気に高まりました。そして、その8カ月後の2ndでは、さらに演出面での進化を確認することができました。
さて、改めてCSテレ朝チャンネルでの再放送を見ると、自らが創作した物語を、少しでも観客に理解してもらいたい、という羽生選手の強い思いが感じられます。
観客との“無言の会話”
たとえば、この10月26日に再放送された「RE_PRAY」において、「MEGALOVANIA」という演目が4曲目にあります。
この演目がスタートする直前、スクリーンには黒い衣装に身を包み、ゲーム内の障害物を避けて、ゲームで言うところのステージクリアーを目指す羽生選手の姿が映し出されました。
ところが次の瞬間、映像がプツンと途絶え、場内が暗転。数秒後に同じ衣装を着て氷上に佇む羽生選手の姿がありました。
この演出には、どういう意味があったのでしょう。
「(観客の)皆さんにとって、スクリーンに映るゲーム内の羽生結弦と、(氷上で)滑っている羽生結弦が分離して見えているかもしれない。(演出により)見ている皆さんに“ああ、(氷上の自分も)ゲーム内のキャラクターなんだ”と頭の中を整理してもらったり、辻褄を合わせてもらえるような演出を考えました」
続けて、こうも。
「これまでやってきたアイスショーとは、全然違っています。『ICE STORY』は、大枠の1つの作品の中に、いろいろなプログラムがあります。セットリストの中には、いままでやってきたプログラムもありますが、『ICE STORY』の中に組み込んだ時に、見え方が違ってくるものがあります。“こんな見え方もあったのか”ということを、1つの流れで見せることが『ICE STORY』」の主旨。自分としては、全然違った心意気で、挑んでいます」
見え方と見せ方、伝え方と伝わり方。パフォーマンスを通じての観客との“無言の会話”こそは「ICE STORY」の伏流水のような役割を果たしているのかもしれません。湧き出ずる羽生選手の体内の泉源は、どうやら無尽蔵のようです。

二宮清純





