2026年3月2日(月)更新
りくりゅう「ペア大国」の青写真
3つの課題を、どう解決するか!?
日本勢が歴代最多となる24個のメダルを獲得したミラノ・コルティナ五輪。フィギュアスケート団体戦で銀メダル、個人戦ペアで金メダルを胸に飾った“りくりゅう”こと三浦璃来/木原龍一組(木下グループ)が25日、都内で記者会見を行ないました。その席で、ふたりは日本におけるペアスケートの課題や、自分たちの将来像について語りました。
長く続いた“冬の時代”
りくりゅうが登場するまで、日本のペアは“冬の時代”が続いていました。
全日本選手権において、ペアが新種目に加わったのは1952-1953年シーズンからです。これまで74回(参加者なしなどのペア未実施含む)行なわれた中で、表彰台が3つとも埋まったのは6分の1の12回です。
直近の全日本(2025年12月)は、スタートこそ3組でしたが、ショートプログラム(SP)後に三浦選手の左肩脱臼の影響により、りくりゅうが棄権すると、2組になってしまいました。
「日本がペア大国と言われるようにしたい」
金メダル獲得後、ミラノの地で木原選手はこう語りました。自らを世界の頂点へと導いたペアへの強い愛着がうかがえました。
帰国後の会見で、木原選手は、ペア大国になるための課題を3つ挙げました。
「1つ目は、ペアスケートに対するハードルがまだまだ高いように感じています。この技をこなせないとペアは組めないよね、とか。身長差がこれくらいないと、とか。(女性の場合は)これくらい背が低くないと、とか。ペアに少しでも興味を持っていただけるなら、挑戦していただきたいな、という思いがあります。
そして2つ目が練習環境の問題。現在、日本は徐々に素晴らしい環境に近付きつつあると思うんですけど……。やはりペアは大人数での練習は非常に危険です。ペア専用リンクがもっとできたときに、(ペアの)人口も増えやすいのかなと思っています。
3つ目に日本にはペアの指導者が少ない。それが(参入への)ハードルを上げている原因になっていると思う。ペアを習おうと考えると、まず最初に“海外に行かなくては”となってしまう」
ペアの魅力は、アクロバティックな大技にあります。男性が女性を高く、遠くに跳ばすスロージャンプや、頭上に高く投げるツイストリフトは、“ペアの華”といっていいでしょう。
「りくりゅうペアスクール」
しかし、こうした大技を練習するためには、自由に使える広いリンクが必要です。他の選手が滑っていたら、どうしても練習は、その後になってしまいます。
りくりゅうの息の合ったスケーティングはスピード感があり、リンクを端から端まで広く使います。練度を上げるためには、相当な練習量が求められます。
ふたりがカナダのオンタリオ州オークビルを練習拠点にしたのは、ペアを組み始めた2019年からです。オークビルは、カナダ中東部最南端に位置し、オンタリオ湖に面している静かな町です。
そこを拠点にしている理由について、木原選手は「とにかく練習場所に困らない。スペースを気にせず練習できる環境」と語っていました。
その木原選手は、将来の目標として、「いずれは自分たちが日本でペアとはどういうものか、それを指導できることで(日本において)ペアが難しくなっている原因をひとつ消せるかな、と思っています」と指導者への転身を明言しました。
「自分たち」というくらいですから、当然、「三浦選手と一緒に」ということでしょう。
「女性パートは三浦選手の方が僕よりわかっている部分が多い。僕ひとりでコーチングするというより、このまま一緒のチームでコーチングに携わりたい。今すぐにではなく、将来的にですけど……」
それについては「私自身、木原選手のコーチングに付いていくというか、ヘルプできる」と三浦選手にも異存はないようです。既にふたりで話し合って引退後の青写真を描いているのかもしれません。
日本テレビの番組では、アナウンサーに「りくりゅうスケート教室」と振られ、木原選手は「りくりゅうペアスクール、いいですね」と相槌を打っていました。
ピラミッドの頂点を高くするには、底辺を拡大しなければなりません。日本が「ペア大国」になる日を期待して待ちましょう。

二宮清純





