2026年5月8日(金)更新
羽生結弦、原摩利彦の“音”を滑る
「ストーリーを聴覚で感じる」
前号でも紹介したように、プロフィギュアスケーターの羽生結弦選手が総指揮を執り、自ら出演した「“REALIVE(リアライブ)”an ICE STORY project」が4月11日と12日、宮城県利府町内のセキスイハイムスーパーアリーナで開催されました。今回は第2部の「Prequel(プリクエル): Before the WHITE」について考察してみます。
「滑っていて気持ちいいな」
「Prequel(プリクエル)」とは、既存作品の前日譚(たん)のことです。ちなみに反対語は「Sequel(シークエル)」で、続編を意味します。
これまで異分野の才人たちと、数々のコラボを実現させてきた羽生選手。今回、曲を依頼したのは、興行収入200億円を突破した大ヒット映画「国宝」の音楽を担当し、第49回日本アカデミー賞・最優秀音楽賞と主題歌賞をダブル受賞した音楽家の原摩利彦さんでした。
蛇足ですが、「国宝」は約3時間(175分)の長尺ながら、少しも長いとは感じませんでした。エンディングでKing Gnuの井口理さんの透き通った声が流れてきて、もうそんなに時間がたったのか、と驚いたくらいです。
井口さんが歌った主題歌「Luminance」をはじめ、全楽曲を手がけた原さんに対し、最初、羽生選手は「お忙しい方なので、1曲だけでも2曲だけでも、とお願いした」そうです。
ところが、そこには“嬉しい誤算”がありました。
「そうしたら、摩利彦さんが“全部書きたい”と言ってくださって。自分のところだけじゃなく、映像のところまで全部書き下ろしてくださった。自分が書いたストーリーに、どんどん音色という音をつけてくださった。(自分が書いた)ストーリーを聴覚で感じられるようにしてくださって、本当に僕自身も滑っていて気持ちいいなというか……。(ストーリーを)書いた原作者として、その物語を感じながら、滑らせていただきました」
ショーというものは、プロデュースする側、演じる側、すなわち誰よりもホストの心が躍っていなければ、提供された空間と時間は、ゲストにとって有意義なものとはなりません。ひらたく言えば、ホストが楽しまずして、ゲストを楽しませることはできないのです。
羽生選手が「本当に僕自身も滑っていて気持ちいいな」と感じた時点で、この異例のコラボは好首尾だったと言っていいでしょう。
「嚙めば嚙むほど味が出る」
先に「異分野の才人」と書きましたが、狂言師の野村萬斎さんとのnotte stellata2025「MANSAIボレロ×notte stellata」での共演においても、私たちは羽生選手の未知なる魅力に遭遇することができました。
「MANSAIボレロ×notte stellata」では、羽生選手がイナバウアーを披露すると、それに呼応するように萬斎さんも舞台上で上半身をのけぞらせました。羽生選手がキャメルスピンを見せると、萬斎さんは狩衣の袖を広げながら、舞台上をくるくると回りました。互いが互いの感性を刺激し合い、可能性を試し合っている姿は、眼福の極みでした。
話をプリクエルに戻せば、原さん自身も羽生選手とのコラボを望んでいた気配が窺えます。
以下はプレスリリースからの引用です。
<何度目かの打ち合わせで、途中までできた音楽を再生すると、羽生さんはすっと手を上げました。彼の指先が描く曲線を目の前にして、氷上に立ち上がる美しい時間を想像し、きっとうまくいくと自分の音楽に確信が持てました>
公演終了後、羽生選手はマイクを持ち、観客に「プリクエル、いかがでしたでしょうか?」と語りかけました。
「噛めば噛むほど、味が出る的な(笑)。僕としては初めて“言葉で全然語らないICE STORY”というテーマで今回、プリクエルを創らせていただきました。考察とかいろいろ、皆さんがどんな感情を抱いたかなど、僕も知りたいんです。皆さんが感じたままの物語が、すべてだと思いながらプリクエルを創りました」
さて、次回の「ICE STORY 4th WHITE…」では「真っ白な美術館」が舞台装置となるようです。

二宮清純





