写真:二宮清純

二宮清純コラムリングサイドの記憶

毎月第2月曜更新

2022年8月19日(金)更新 [臨時号]

A猪木vsS小林、名勝負の舞台裏
プロレスブーム到来のジャーマン

 プロレスにおける日本人対決と言えば、1954年12月22日、東京・蔵前国技館で実現した力道山対木村政彦戦にとどめを刺しますが、この世にまだ生を受けていなかった私にとっては“神話”の世界の出来事です。日本人対決で最も印象に残っているのは74年3月19日、力道山対木村戦と同じく蔵前国技館で行われたアントニオ猪木対ストロング小林戦です。

東スポ値上げ?

 当時、日本のマット界はジャイアント馬場さんの全日本プロレス、アントニオ猪木さん率いる新日本プロレス、そしてストロング小林さんがエースの国際プロレスの3団体が覇を競っていました。

 この世紀の一戦の前、国際プロレスを離れてフリーになることを宣言した小林さんは、馬場さんと猪木さんに挑戦状を出します。「街のケンカじゃあるまいし、挑戦されたからといって即、受けられるもんじゃない」。馬場さんの返答は、もっともなものでした。

 小林さんのフリー宣言には裏がありました。事情を教えてくれたのは『週刊ゴング』元編集長の小佐野景浩さんです。

<当時、小林は国際プロレスに対して不満を持っていて、辞めたがっているという情報が流れていたそうです。それで、裏で全日本も新日本も引き抜きを仕掛けていたんですよ。例えば、新日本は猪木の右腕で「過激な仕掛け人」と呼ばれた新日本の新間寿営業本部長が小林の家に日参して口説きに行く。全日本は『月刊プロレス』の藤沢久孝編集長が口説きに行ったと聞いています。そうやって両団体とも動いていたんです。そして、最終的に新間氏が口説き落とすのに成功したということですね>(小佐野景浩・二宮清純共著『昭和プロレスを語ろう!』廣済堂新書)

<国際は引き抜かれたわけだから、当然怒るじゃないですか。だから契約違反だって言って、裁判沙汰になりそうだったんですよ。そこで間に入った東スポが違約金を国際に払うという形で決着がついたんです。そして、東スポ所属として、新日本に出しますと>(同前)

<東スポが新聞の値段を上げる時は、必ずその前にプロレスの大きな試合があったんですよ。これは東スポにいた櫻井康雄さんから聞きました。やっぱり大きな試合が載ると新聞が売れるので、もしかしたら値段を上げようと思っていた時期かもしれないですね>(同前)

“昭和の巌流島”

 生前、この試合について小林さんから青梅市内の実家で話を聞いたことがあります。

「あの時ほど、練習したことはないね。それだけ気合いが入っていたんでしょう。それに負けたといっても、それほど雲泥の差があったわけじゃないから、負けた後、落ち込むということはなかったね。結局、オレにとってあれは、レスラーとしての勝負を賭けた試合だったんだよね。今でもウチに来るお客さんは必ず、ビデオで観せてくれ、とリクエストするんだ。つまり。それだけファンの心を打った試合だったということでしょう。プロレス界も、この試合をきっかけにして大きく盛り上がったんだから」

 結局、試合は29分30秒、猪木さんのジャーマンスープレックスホールドで決着がつきましたが、踏ん張らなければならないはずの猪木さんの足がマットから浮くシーンは今でも忘れられません。小林さんの全体重が首に乗るわけですから、ひとつ間違えば大変なことになっていたでしょう。初対決の恐ろしさが集約されたようなシーンでした。

 蔵前国技館に超満員の1万6500人を集めたこの試合、小林さんによると、その後の新日本プロレスの興行に多大な恩恵をもたらせたそうです。

「自慢話になるけど、ボクが入ってから新日に客が増え始めたんだよね。それまで東北の方は国際プロレスの力が強くて、新日の興行はうまくいっていなかった。だからプロモーターの人からよく言われたもんだよ。“小林さんが来てから、やっと儲かり始めた”って。そう言われた時には、さすがにうれしかったけどね」

 周知のように小林さんは昨年12月31日、濃肺のため青梅市内の病院で死去しました。81歳でした。猪木さんは「小林選手との一戦は“昭和の巌流島”と呼ばれ、入り切れないほどの多くの観衆に観ていただきました。お互い、若くベストな時に勝負が出来た事が走馬灯のように思い出されます。ストロング小林選手、ありがとう」と弔文を寄せました。改めてご冥福をお祈りします。

二宮清純

二宮清純 スポーツジャーナリスト

1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。

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