2024年7月8日(月)更新
大木金太郎の“パッチギ”伝説
本塁打王・王貞治との共通点
昔はヘッドバット(頭突き)を得意とするレスラーがたくさんいました。ボボ・ブラジル、大木金太郎(キム・イル)、アブドーラ・ザ・ブッチャー、バスター・ロイド……。決して華麗な「技」ではありませんが、破壊力は相当なものがありました。
恐怖のココバット
一般論を述べれば、ヘッドバットの使い手としては背が高い方が有利です。相手の頭を掴み、上から下に打ちつけるのですから、180センチよりは190センチ、190センチよりは200センチの選手のほうが相手にダメージを与えることができるでしょう。
その意味では、私が見た中で最高のヘッドバットの使い手は、身長195センチの“黒い魔神”ボボ・ブラジルです。
ただ、背が高いだけではありません。ブラジルは運動神経抜群で、体にバネもありました。まだ人種差別の激しかった時代ですから、選択肢は多くなかったと思われますが、野球やアメフト、バスケットボールをやっても成功を収めていたはずです。
そのブラジルの最大の得意技は、ヘッドバットの中でもジャンプしてから叩き付けるココバットでした。
195センチのブラジルが1メートル以上ジャンプするのですから、打点はゆうに3メートルを超えていたはずです。これをくらったらひとたまりもありません。
さてブラジルが「天才型」なら、大木金太郎は「努力型」の筆頭といっていいでしょう。頭突きをマスターするために、ここまで自らの体を痛めつけたレスラーは寡聞にして知りません。
大木の師匠は、いわずと知れた力道山です。同じ民族である力道山に憧れた大木青年は、韓国から日本に密入国し、収容所で力道山宛てに手紙を書きます。これが奇跡的に力道山のもとに届き、弟子入りを許されたのです。
力道山が入門間もない大木に命じたのは頭突きの特訓でした。頭突きのことを韓国では「パッチギ」と言います。韓国では、よくケンカで使われる武器のひとつですが、韓国出身だからといって皆頭が硬いわけではありません。そもそも大木はシルム(韓国相撲)の選手でした。
力道山の特訓
力道山が大木に課した特訓がいかに過酷なものだったかは、次のくだりを読めば十分でしょう。
<先生に「おーい、大木」と呼ばれるたびに、私は条件反射的に走って行って、頭を突き出した。すると先生が拳で強く叩く。空手チョップで鍛えた拳だから先生の手は石の塊そのものだった。先生はまたゴルフのパターで額の鍛錬度をチェックした。ゴルフのパターでコンコンと叩きながら私の頭がスイカのようによく熟しているのか、熟してないのかを確認した。嘘みたいな話だが本当だ。
最初、先生に頭を叩かれたときはよく熟したスイカのように透明な音がした。その後、頭を鍛錬してから叩かれると硬い音がするような気がした。先生は目の前にあった物でよく私の頭を叩いた。あるときはテーブルの上にあるガラスの灰皿などでも叩かれた>(自著『自伝大木金太郎 伝説のパッチギ王』太刀川正樹訳・講談社)
先に頭突きは長身レスラーの方が有利と書きました。大木は185センチ。レスラーとしてはノーマルサイズです。
破壊力を高めるためにどうしたか。大木が編み出したのが、右足1本で立ち、左手で相手の髪を掴み、反動をつけて相手の頭に自らの頭を叩き付ける「1本足頭突き」でした。
外国人レスラーは、その立ち姿から、「フラミンゴ・ヘッドパット」と呼んで恐れました。この「フラミンゴ」というネーミングを耳にしてピンときた方もいるでしょう。当時、長嶋茂雄と並ぶプロ野球のスターと言えば「1本足打法」の王貞治さんです。米国の選手たちは「フラミンゴ打法」と呼び、驚嘆していました。それにあやかろうとしたのではないでしょうか。多くの命を奪われ、街を破壊された広島や長崎の人々の気持ちを考えれば「原爆頭突き」よりは、「1本足頭突き」の方がよかったように思われます。
二宮清純