写真:二宮清純

二宮清純コラムリングサイドの記憶

毎月第2月曜更新

2024年12月9日(月)更新

ダンプ松本の“最凶ヒール”伝説
「極悪女王」ヒットで人気再燃

 今年9月19日からNetflixで配信されている「極悪女王」が国内外で大変な話題を呼んでいます。女子プロレスラー・ダンプ松本さんの半生を、ゆりやんレトリィバァさんが演じた作品ですが、私も全5話を一気に観てしまいました。

暴走するダンプカー

 女子プロレスは、基本的にベビーフェイス(善玉)とヒール(悪玉)の対立によって成立しています。

 では、女子プロレス最大のヒールは誰か、と言えば、それはダンプ松本さんをおいてほかにないでしょう。

 デビュー当時は松本香の本名でファイトしていたのですが、観客が「アイツ、ダンプみたいだ!」と口走ったことがきっかけでダンプを名乗るようになりました。

 身長164センチ、体重100キロ。巨漢を利して、突進するダンプさんのファイトスタイルは、まるで暴走するダンプカーのようでした。

 決して器用なレスラーではありませんでしたが、逆に言えば、それがよかったのかもしれません。最初はムチやチェーンを手に入場していたのですが、それを竹刀に替えたのは「こっちの方が音が出るし、叩きやすいし、動きやすいから」だそうです。このようにダンプさんにはクレバーな一面もありました。

 かつて“まだら狼”と恐れられた上田馬之助さんに「ヒールの条件は?」と問うと、「それはクレバーなことだ」と語りました。

「ベビーは少々頭が悪くてもできるけど、ヒールは頭が悪いと務まらない」。これは男女問わず言えることかもしれません。

 1984年にクレーン・ユウさんと「極悪同盟」を結成し、ライオネス飛鳥さんと長与千種さんの「クラッシュ・ギャルズ」と血で血を洗う抗争を展開しました。

警備員が殴打

 抗争のハイライトは1985年8月28日、大阪城ホールでの長与さんとの敗者髪切りデスマッチです。メキシコでは「カベジェラ・コントラ・カベジェラ」と呼ばれていました。ダンプさんは「自分たちの前にもジャガー横田さんとパンテラ(ラ・ギャラクティカ)さんが(髪とマスクをかけて戦うマスカラ・コントラ・カベジェラを)やっていた」と語っていました。

 凶器攻撃で長与さんを血だるまにしたダンプさんは、椅子で殴打し、KO勝利を収めます。パイプ椅子に鎖でくくり付けられた長与さんは、お約束通り、ダンプさんが手にしたバリカンにより丸坊主にされます。

 男子プロレスにも敗者髪切りデスマッチはありますが、女子がこれをやると、より凄惨に映ります。ましてや“犠牲者”は、男子のみならず女子のファンにも絶大な人気を誇る長与さんです。泣き叫ぶファンが続出し、この日、ダンプさんは名実ともに女子レスラーとしては“世界一”のヒールになったと言えるかもしれません。

 しかし“加害者”のダンプさんにも予期せぬ仕打ちが待っていました。花道を引き揚げる途中で、あろうことか警備員に殴られてしまったのです。レスラーをファンから守る立場の警備員がレスラーに手を出してしまうとは……。すぐに身元は割れ、その警備員はクビになってしまったそうです。

 以下はブル中野さんから聞いた話です。
「控え室から出てバスに乗った瞬間、私たちに敵意を持つファンが集まってきて、バスを揺らし始めたんです。倒れはしなかったけど、これは本当に危なかった。私たちはバスの中で生きた心地がしませんでした」

 今にして思えば、これもヒールの勲章のひとつでしょう。

二宮清純

二宮清純 スポーツジャーナリスト

1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。

フィギュアスケートも、あの競技も。
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