A猪木vsドリー・ファンクJR
料理で言えばフルコース堪能

　クリーンファイトありラフファイトあり、立ち技あり寝技あり、小技あり大技あり。まるでプロレスのフルコースのような試合でした。1969年12月2日、大阪府立体育館で、アントニオ猪木がドリー・ファンク・ジュニアの持つNWA世界ヘビー級王座に挑戦した一戦（60分3本勝負）は、両者ノーフォールのドローに終わりました。

「猪木の指を狙え！」

　ドリーがジン・キニスキーを破り第46代NWA世界ヘビー級王座に就いたのは、この防衛戦の約10カ月前。28歳の新王者誕生というニュースは、日本にも伝わってきました。

　身長193センチ、体重125キロの堂々たる体躯を誇り、カナディアン・バックブリーカーという荒業をフィニッシュホールドとするキニスキーに対し、ドリーは、身長190センチ、体重115キロ。決して小柄ではないのですが、線が細く見えたのは事実です。スピニング・トー・ホールドという必殺技も、実際に目にするまでは、どうやって掛けるのか、よくわかりませんでした。

　挑戦者の猪木は、26歳。この年の5月に行われた第11回ワールドリーグ戦で初優勝を果たし、日本プロレス内でジャイアント馬場に比肩する地位を獲得しつつありました。もし、初挑戦でドリーに勝てば、翌日、東京で馬場の挑戦を受けることが決まっていました。

　しかし、好事魔多し――。猪木は前日、広島で行なわれた試合で、ダイビング・ボディプレスを仕掛けた際に左手の中指と薬指を痛めたため、ドリー戦は2本の指にテーピングをして臨まざるを得なくなりました。

　立ち上がりは柔道でいう乱取りを見ているようでした。互いの実力を測るように技を仕掛け、受け身を取り、切り返す。技の交換を見ているだけで、その流麗さにため息が漏れそうになりました。

　試合が荒れ始めたのは、20分を過ぎてからです。セコンドについていたテンガロンハット姿の父・シニアの「猪木の指を狙え！」という指示により、ドリーが負傷した猪木の2本の指に攻撃を加え始めたのです。ねじったり、ひねったりするだけでなく、コーナーポストに叩きつけ、さらには、リングシューズで踏み潰す暴走ぶり。ヒールも板についたものです。

NWA王者はヒール

　NWA王者は「ヒールでなければ務まらない」という話を聞いたことがあります。米国の広大なテリトリーをサーキットし、その地区のチャンピオンの挑戦を受けるわけですから、立場的には憎まれ役です。要するに、強くてタフで、ずる賢くなければ、王座を守り抜くことはできないのです。

　猪木がドリーをコーナーポストに叩きつけようとしたところ、シニアがさっとエプロンに立ち、クッション代わりになった場面がありました。日本のファンは、こうした卑怯な行為を忌み嫌います。場内が騒然とする中、シニアがドリーの頭を、よしよしと撫で回します。さすが現役時代はヒールとして鳴らしたシニア、心得たものでした。

　特筆すべきは2人の無尽蔵のスタミナです。残り10分を切っても、ともに攻撃の手を緩めません。

　個人的に驚いたのは、猪木が披露したエアプレーン・スピンです。動画で確認すると、ドリーをかつぎ上げたまま3回転もしました。足腰が強い上に、バランスがよくなければ、50分以上戦ったあとで、あのような大技は出せないでしょう。

　一方のドリーも負けていません。最終盤にソロリと抜いた伝家の宝刀・フロントインディアンデスロック、レフェリーが外して事なきを得ましたが、あれを自力で脱出するのは、ほぼ不可能です。キラー猪木ならぬキラードリーの一面が垣間見えました。

　残り15秒。猪木はコブラツイストを決めますが、ドリーがロープに逃がれた瞬間に試合終了を告げるゴングが打ち鳴らされました。超満員の観客は、プロレスのフルコースを堪能したに違いありません。

二宮清純