
声優・井上和彦
ロングインタビュー #3
「役として感じて、役として生きる」
自分で自分を縛らない井上和彦の演技の根幹
2025年1月31日更新
INOUE
INTERVIEW
『美味しんぼ』の山岡士郎役や、『NARUTO-ナルト-』のはたけカカシ役、『夏目友人帳』のニャンコ先生/斑役など、長年にわたり数多くの名作で主要キャラクターを演じてきた声優・井上和彦さん。その柔らかくも力強い声質で、二枚目のイケメンから愛らしい動物まで、キャラクターの個性と心情を魅力的に表現し、幅広い世代のファンを惹きつけています。2024年には声優50周年を迎え、自伝書『風まかせ』を出版。「どんな状況も肩の力を抜いて楽しむ、どんなことにも学ぶ姿勢を忘れない」という井上さんに、全3回にわたってインタビューを実施。その出演作品や役への向き合い方をひもときながら、声優としての生き様に迫ります。
ファンのやさしさが伝わってくる『夏目友人帳』

――井上さんの演じるキャラクターの中でも、『夏目友人帳』のニャンコ先生はとても人気があるキャラクターです。ご自身で観て、どんなキャラクターだと捉えていますか?
井上:ニャンコ先生は、「自由な親父」ですよね。あの小さなフォルムで好き勝手なことを言っていて、ふつうの人間が言ったら嫌われてしまうようなことも平気で言う(笑)。中級妖怪たちと酒飲んで帰ってきたりとかしてね。
それでいて、夏目のことを遠くから見守っているという。その見守っている感じをあからさまに本人が言わないところがおしゃれですよね。それが、夏目との信頼関係にもつながっているような気がします。

©緑川ゆき・白泉社/「夏目友人帳」製作委員会
――『夏目友人帳』のアフレコなどで、何か思い出に残っているような出来事はありますか?
井上:たくさんあるんですが、一つを挙げるとすれば『夏目』の舞台モデルになった熊本の話ですかね。
第二期が終わった頃『夏目』の友人である田沼要を演じる堀江一眞くんと『夏目友人帳』のラジオをやっていて、そのラジオの企画で金券をいただいたんです。
その金券の使い道をラジオで話しているときに「じゃあ、『夏目』のシーンのモデルになった熊本県の人吉に景色を観に行って、そこでラジオも収録しよう」と。そこで人吉を訪れたときに、自治体や商工会議所のたくさんの方々に温かく迎えていただいたんですね。
その方々にモデル地を案内していただいて、「ニャンコ先生が歩いていた道」とか、「夏目の通学路」とかを観て回っていたんですが、当時はまだその土地周辺に『夏目』関連のものは置かれていなくて、どこを見渡してもくまモンだらけ(笑)。
――くまモン人気はすごいですね!
井上:それがここ数年で、人吉での『夏目』盛り上がっているように感じます。
例えば、ARを使ってモデル地をめぐってリアルな場所でキャラクターと一緒に写真が撮影できるデジタルスタンプラリーができたり、2024年の10~12月には「ギフトラリー」というイベントが開催されてたりする。
ほかにもここ最近で人吉でイベントがあって、何度か現地を訪れる機会がありました。
その「ギフトラリー」のイベントをきっかけに、今回初めて少し離れている場所にあって、いままで行けていなかった「露神の祠」(第一期第二話)のモデル地に行ってみたんです。

©緑川ゆき・白泉社/「夏目友人帳」製作委員会
――『夏目友人帳』の中でもとくに人気が高いお話ですよね。
井上:あの話は、僕らもスタッフやキャスト陣も大好きな話で。
露神さまを演じられた青野さんは2012年に亡くなられているのですが、その祠を訪れたときに、なんだか青野さんが近くにいるような気がしたんですよね。
それも僕だけではなく、一緒に訪れたキャスト、スタッフみんなが言っていて。
アニメの中の風景だったその場所が、そして初めて訪れたただの神社であるその場所が、僕たちみんなの特別な思いが重なった特別な場所になっている。そう気づいたとき、不思議でありながら、とても感動的な気持ちになったのを覚えています。
――なんだか露神さまのエピソードにも近いお話です。
井上:そうなんです。人吉にあるその祠を通じて、時空を超えて人と人が繋がるような感覚を覚えました。そして、その繋がりを生み出しているのが他でもない『夏目友人帳』という作品。アニメが持つ力の大きさを、あらためて実感しましたね。
それと、人吉にはもう一つ、『夏目友人帳』の素敵なエピソードがあって。
夏目の通学路になっている場所で、赤い橋がありまして、それも現実にモデルになった橋があるんです。その橋が数年前に大雨で川が氾濫して、落ちてしまったそうなんですよ。地元では危ないというので、橋を取り壊す計画になっていました。
ところが、地域の方や夏目のファンの方が「あの橋を壊さないでください」という声を挙げたことで、橋の取り壊しの話はなくなって工事をすることになり、それがね、もう少しで開通するらしいんですよ。

©緑川ゆき・白泉社/「夏目友人帳」製作委員会
――『夏目友人帳』をきっかけに、それだけ大きな運動が起きるってすごいですね。
井上:僕はその話を聞いてね、「あ、『夏目友人帳』のファンの方々って、すごくやさしいんだ」ってことをしみじみ感じたんですよね。イベントなどでも、実際にファンの方にお会いして目を見ると、本当にみなさんやさしくて穏やかな方だなというのが伝わってきます。
アニメが始まって十数年、ゆっくりじわじわと多くの人が愛してくれる作品へと育っていって、こういう作品に関われたことが僕にとってはすごく幸せなことだと感じています。