声優・河西健吾
ロングインタビュー #3
がむしゃらな時代を抜けて、
今語る「楽に生きたい」の意味
2024年5月29日更新
NISHILONG
INTERVIEW
「鬼滅の刃」時透無一郎役をはじめ、『3月のライオン』桐島零役、『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』三日月・オーガス役、『Dr.STONE』あさぎりゲン役の好演、そして『ヒプノシスマイク』ではオオサカ・ディビジョンのMCグループ「どついたれ本舗」の躑躅森盧笙役としてラップまで披露する、声優・河西健吾さん。
一見飄々としていて、どんな役でもクールにこなしているようにも見えますが、下積み時代には挫折も経験、「実力以外のことも評価される世界だからこそ、自分は実力で勝ち取りたかった」と実は奥底に声優としての熱い思いも秘めています。
このインタビューでは全3回にわたって、その人となりをひもときながら、声優・河西健吾の原点と信念に迫ります。
ラップ未経験の自分には
難しそうだと思っていた
――2024年4月に10thライブを開催し、ますます盛り上がりを見せている『ヒプノシスマイク』。河西さんは「どついたれ本舗」躑躅森 盧笙としてラップを披露されていますが、元々ラップの経験ってあったんですか?
河西:いや、まったくなかったです。『ヒプノシスマイク』というコンテンツがあれよあれよという内に人気になってきて、「アニメ業界で、ラップがこんなに流行るんだ」と驚いたのを覚えています。
――そこから、どのタイミングで『ヒプノシスマイク』に参加することになったんですか?
河西:あるとき、仕事帰りに新宿アルタ前を通ったんですよ。そしたらアルタビジョンで、「第一回 韻踏闘技大會 優勝発表會」の授賞式が放送されていて。
そこで、伊弉冉 一二三を演じている、同じ事務所の木島隆一がメンバーの「麻天狼」が優勝したのが映った。ビジョンの周りを見たら、東口の駅前広場に収まりきらないほどのファンがいて、改めて「ヒプノシスマイク、すごいな」って感じたんです。
そこから間もなく、『ヒプノシスマイク』のお話をいただきました。聞くとオオサカのチームで、出身地だし、貢献できることもあるんじゃないかと思って。
――ラップで、しかも関西弁となるとさらに難しそうですが、どうやって習得していったんですか?
©『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rhyme Anima製作委員会
河西:自分にとってはずっと話していた言葉なので、関西弁は全然苦ではなかったんですが、ラップに関してはとにかく経験が浅くて、翻弄されてましたね。
レコーディング前にはとにかく聴き込んで、ずっとリズムと盧笙の声を自分の中に落とし込む作業をしていました。
これまでラップ自体はあまり聴いてこなかったんですが、そのおかげで最近は、それこそCreepy Nutsさんの曲を聴いて「めちゃ楽しい!」って思えるようになりました。
――音源のための準備と、ライブで披露するときにはまた違った難しさがあるような気がします。
河西:そうですね、音源は「盧笙ならこういう感じで歌うだろう」と事前にイメージをかためた上でのぞみます。かたやライブは、やっぱりナマモノなので、盧笙として歌い上げるために、僕はもう一度その音源を聴き込んで、インプットし直しています。
しかも、ライブだとお客さんの反応もあるし、その場での「盧笙としての感情」ものっかるので、結果的には音源と全然違ったものが生まれるんですよね。
でもそれは、「その場でしか生まれないもの」なので、そこにライブならではの面白さというか、醍醐味があると感じています。
現場のために余白をつくる、
河西さんの役作り
――声優としての役作り、河西さんご自身はどう捉えられているんでしょうか。
河西:僕自身はあまり現場に行くまでにキャラを作り込んでいくタイプではなく、なんとなく曖昧さを残したまま、レコーディングにのぞんでいます。
理由は二つあって、一つはお芝居の正解は監督が持っているものだということ。もう一つは僕自身がその場で生まれる生っぽいお芝居が好きなので、という感じです。
――それぞれについて、もう少し詳しくお聞きできますか?
河西:監督が正解を持っている、と言ってしまうと、「河西、あいつ全然考えて来てねえじゃん」と思われるかもしれないですけど、そうではなくて、自分なりには家で台本を読んで咀嚼はしています。
だけど、そこでガチガチにキャラを作り込んでしまうと、監督に「そうじゃないよ」と言われたときに対応するのに時間がかかってしまうんですね。ある程度、方向性は決めておくけど細部まではあえて作り込まない。
現場で「この方向性ですか?」とこちら側から提示をして、「その方向性で。細かな部分はこうしてください」と指示をいただいたほうが、僕として舵を切りやすかったりするんです。
――もう一つの、「生っぽいお芝居が好き」というほうは前回のインタビューで聴いたお話にも通じている気がします。
河西:そうですね。実際に現場に行って、ほかの声優さんと掛け合いがあったときに「あ、そう来るならこう返そう」というふうに、その場で相手の声優の話を聴いてお芝居をつくりあげていくのが、やっぱり声優の仕事だと思うんですよ。
「キャラの個性」はもちろん重要なんですが、キャラの個性だけで捉えると演技の幅がなくなってしまう。個性を踏まえて、「相手がこう話してきたら、このキャラはどう返すか」が重要なので、自分の中でガチガチに作り込んでしまうと、その引き出しが少なくなってしまうんじゃないかと思います。
――あくまでキャラ同士の相互関係の中で、声の出し方が変わるんですね。ちなみに今までやってみたことのないタイプで、今後演じてみたいタイプはありますか?
河西:そうですね…個人的には、内容が重たい作品に出演させていただくことが多いと思っていて、とくに対男性のお芝居がほとんどなんです。
そういう意味では「ハーレムのように女の子に囲まれた男の子」とかは、自分がどんな声の出し方になるのか興味があります。何人もの女の子と、それぞれの関係性があるので、1対1での会話と、1対複数での会話で、どうアプローチに差をつけていけるのかとかは面白そうなのでやってみたいですね。
――会話劇の生感を大切にする河西さんだからこそ、どう演じ分けるのか、見てみたいですね!
肩の力を抜いて、
楽に生きていきたい
――今後は、どんな声優でありたいと考えていますか?
河西:毎シーズン、何かしらの作品にはずっと出続けられたらいいなって思っています。SNSが普及して、いろいろな方に知っていただける良い面もあるんですけど、やっぱりあるシーズンでは出演がなかったりすると「あの人、最近仕事してない」と勘違いされてしまうことが結構あります。
声優の仕事って、アニメだけではなくて、吹き替え、ゲーム、ナレーションなど他にもたくさんあるので、仕事自体は全然休んでいないんですよ。ただ、そんな風に思われてしまうと悲しいので、やっぱり作品には出続けたいですね。
――仕事をする上ではどんなことを大切にしているんですか?
河西:声優の世界って、オーディションが本当に多いんですよ。それで「落ちた」「受かった」が日々あるんですけど、それに一喜一憂しないようにすることですね。
仮に落ちたとしても、他の役で呼ばれるかもしれない。スタッフさんに「今回は合わなかったけど、あの雰囲気ならこの作品のこのキャラはどうだろう」と思っていただけるかもしれない。
だから僕としては、声優・河西健吾を見ていただいて、「それに合うポジションならお願いします」ぐらいのスタンスでいるほうが、精神的には安定するかなと思っているんです。
――前回のインタビューでは、オーディションに落ちたときのエピソードもありましたが、その頃とはまた全然違いますね。
河西:そうですね。でも今こういうメンタルでいられるのは、やっぱり当時、「実力で勝ち取ってやるぞ」という気持ちが出てきて、今までやってきた経験があるからですよ。
その時期があるから今実力不足を実感することはないし、自分ができることを見せたら、その先の判断は相手にゆだねるしかないんですよね。
だから僕というブランドを見てもらって、ご縁があれば、というスタンスでいられるんだと思います。
――これまでに積み重ねてきたものがある河西さんだから、できることだと思います。
河西:じつは最近、「楽に生きたい」って思うようになってきたんですよ。幸せになるために生まれてきたのに、苦労し続けて嫌な思いが増えるのは、違うんじゃないかって。
今までずっと「声優をやりたい」と思って、何も知らずに、ただがむしゃらに生きてきたけど、ようやくいろいろなお仕事が増えてきて、こうして世の中に解き放たれたのは、大変ですけどすごく楽しいです。
じゃあもっと、こういう楽しいことを増やして、幸せに生きていきたい。苦しい場面ももちろんありますけど、基本的なスタンスとしては楽に、幸せに生きていくという信条が、僕の中で大きくなってきているんです。
――「努力せず無気力に」という意味ではなく、自分が苦だと思わない方向、楽しいことを選びとり続けるという意味で、「楽に生きる」ですね。最後にこれから、声優をめざす後輩に向けて、なにかメッセージをお願いできますか?
河西:数年前にコロナ禍があって、そのときデビューした方たちにとっては、すごく大変な3〜4年だったと思うんです。もちろん、そこでドロップアウトしてしまう人もいたと思います。
中には「ずっと走り続けなきゃ」という気持ちですごく頑張っている方もきっといると思います。ですが、ずっと走っていると体も心も疲れが溜まって、何かの拍子に突然、糸が切れたように気持ちと体が動かなくなるときが来ると思うんです。僕もそうでしたけど、そういう方にはぜひ、適度に趣味や遊べる部分をつくって、抜く時間をつくってほしい。
芽が出ない時期であっても、それは自分にとっては何かの価値のある時間だと思うので、腐りすぎず、張り詰めすぎず、やっていって欲しいですね。その中での努力を周りの誰かは絶対見てくれています。それを信じて頑張ってください。
今期の話題作
『怪獣8号』『忘却バッテリー』
――『怪獣8号』では、保科 宗四郎役でご出演されています。このキャラの魅力を教えてください。
©防衛隊第3部隊 ©松本直也/集英社
河西:保科は、『怪獣8号』という作品の世界の中でも、そして防衛隊のメンバーの中でもかなり特異なキャラで、ほとんどの隊員が銃火器を扱う中で一人、刀を扱っています。おそらく銃のほうが殺傷能力も高いし、安全に怪獣駆除ができる中で、あえて刀という肉弾戦を選んで戦いの中に自分の身を置く、かっこよさがあるキャラかなと思います。
なぜ彼が刀にこだわるのか。それを語るシーンが今後出るのか出ないのかはまだわかりませんが、少なくともそういう想いを裏に秘めた人物ではあるので、その抱えているものがある男の魅力を感じてもらえたら嬉しいですね。
――今期は『忘却バッテリー』でも関西弁を話す桐島秋斗役でご出演されていますね。こちらのキャラの魅力はいかがですか?
河西:主人公たちのライバル高校のエースとして君臨する桐島くんは、登場時すぐには試合には出ないんですが、これからの活躍や野球の実力を見てもらうのが楽しみなキャラクターですね。
見た目からは、飄々として冷静な性格が強そうですが、野球に対してはすごく真摯に取り組んでいて、じつは情に厚かったり、熱い気持ちを持っていたり、という一面もあります。後輩で同じピッチャーの巻田くんのことは、いじりつつもその努力を認めていて、単に上からものを言う先輩ではなく、ちゃんと影の努力なんかも見ている。そういうギャップが魅力的です。
取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃