2026年7月22日(水)更新
ロサンゼルス・ドジャースは6月30日(現地時間)、敵地サターヘルスパークでのオークランド・アスレチックス戦に9対3で快勝、これによりデーブ・ロバーツ監督は通算1000勝を達成しました。なお通算1606試合目での1000勝達成は、MLB史上最速でした。
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ロバーツ監督の1000勝達成時点での負け数は606。勝率6割2分3厘。もちろん、これも史上最高です。
まだ先の話ですが、2022年から4年連続地区優勝(通算では9回)、史上最高勝率(現時点)、ワールドシリーズ3回制覇という実績を考慮すれば、将来の殿堂入りは、ほぼ確定的と見ていいでしょう。
ドジャースは24年、25年とワールドシリーズを連覇しています。大谷翔平選手、ムーキー・ベッツ選手、フレディ・フリーマン選手の「MVPトリオ」がその原動力になっていることは言うまでもありません。
ちなみに、ドジャースの25年の年俸総額は3億5002万4106ドル(約571億円)。30球団中最下位のマイアミ・マーリンズの6779万4627ドル(約111億円)の5倍以上の高額です。
これを受け、メディアの一部には「デーブは戦力に恵まれ、能力以上の評価を手に入れた」といった冷ややかな声もあるようですが、スター軍団を束ねるのも監督に求められる手腕のひとつです。表立って不協和音が聞こえてこないのは、ロバーツ監督の人徳の為せる業でしょう。
ところで、監督が殿堂入りを果たすには、選手のような記者投票ではなく、「Era Committee」(時代委員会)によって審議され、投票で75%以上の票を獲得しなければなりません。
同委員会は、殿堂入りした元選手、MLB球団幹部、著名なメディア関係者、野球歴史研究家など16名からなり、委員は事前に公表されます。
さてドジャースの監督で、1983年、最初に殿堂入りを果たしたのはブルックリン時代の1954年から76年まで、実に23年間にわたりチームを率いたウォルター・オルストンさんです。ワールドシリーズには7回出場し、チームを4度(55、59、63、65年)世界一に導ました。
オルストンさんは、日本のプロ野球、とりわけ読売ジャイアンツに大きな影響を与えました。巨人がドジャースのベロビーチキャンプに初めて参加したのは1961年のことです。後にV9を達成する川上哲治さんが、監督に就任した、まさにその年です。
そこで川上さんは、V9巨人の技術的・戦術的基盤となる『ドジャースの戦法』と出会うわけですが、著者のアル・カンパニスさんは、オルストンさん支えるブレーンのひとりでした。
このキャンプには、入団4年目の長嶋茂雄さんも参加していました。『ドジャースの戦法』について、長嶋さんはこう述懐しています。
<書いてあることは、リトル・リーグから大リーグにまで通じる野球の基本です。基本を書いた教科書ですから、少しでもプレー経験があれば読後の感想は、「知っていることだ」となります。私もそうでした。だが、「読んだ」と「読み込んだ」では、まったく違います。川上さんは「読み込んだ」。基本の奥に潜む意味を考え抜いた。ベロビーチでドジャース選手たちの反復練習を見て、書かれている基礎が選手に徹底されていることを知りました。それを実行させた物静かなウォルター・オルストン監督(監督在籍23年)の強いリーダーシップに印象付けられた。読んで「分かった」で終わらせず、実践したことが巨人野球を他チームの野球と違うものにしたのです>(セコムHP 月刊長嶋茂雄)
ここから先は私の推測ですが、オルストンさんのMLBでの実績は芳しくありません。本人はセントルイス・カージナルス時代の1936年、「1回だけ打席に立ったが三振だった」と語っています。
実績のないオルストンさんが頼るものといったら「ザ・クワイエットマン」(静かなる男)と呼ばれる誠実な人柄と、最新鋭の理論しかなかったのではないでしょうか。並外れた実績を盾に、選手を見下すような監督だったら、23年もチームを率いることはできなかったでしょう。彼の背番号「24」は、もちろんドジャースの永久欠番です。

二宮清純
1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士後期課程修了・博士(学術)。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。