コンテスト受賞をきっかけに声優の道へ
――その後「アマチュア声優・ドラマ・コンテスト80」に応募されていますが、これはどんなきっかけだったんでしょうか。
速水:劇団四季を辞めてしばらくしてから、たまたま演劇雑誌『ぴあ』を見ていて「アマチュア声優・ドラマ・コンテスト80」の募集を目にしたんです。そこに「副賞10万円」と書かれていた。
それはもう当時の僕からしたら大金で、じつは声優に興味があったわけではなく、その賞金に惹かれたというのが真相なんです(笑)。
応募してみたら、グランプリを獲らせていただいて。
――応募数たるや、相当だったんじゃないですか?
速水:3万人くらいいたのかな。当時も、アニメ声優に興味がある方は全国にたくさんいましたから。ただアマチュアといっても、僕はそれまで本格的に演技を学んでいたし、劇団四季の厳しい査定にも残り続けていましたから。それはちょっとふつうの“アマチュア”よりは抜けていたんだろうなと思います。
――グランプリを獲ったことがなにか声優としてのお仕事に繋がったりしたんでしょうか?
速水:そうですね。グランプリになると、賞金に加えて事務所への所属と、松本零士さんの新作、テレビ版と劇場版の両方に出演できることが確約されていました。といっても、まだ自分の名前が立つような役ではなかったです。
当時は『銀座鉄道999』や『宇宙海賊キャプテンハーロック』の人気もまだまだありましたから、そのイベントステージで悪役モブをやったりもしたなぁ。
神谷明さんや古谷徹さんがメインどころで、郷田ほづみくんや僕が一瞬でやられる悪役で出る。キャスト紹介にも出ないような役を、日本のあちこちでやって回っていましたね。
――今となっては、すごいメンバーですね。
速水:あとはね、レギュラーでラジオにも出演させていただいて「映画のお兄さん」的な役をいただいて、試写会で見てきた映画の魅力をね、3分くらいで語るんですよ。
これがね、ちっとも楽しくなかった(笑)。
――楽しくなかった(笑)。
速水:今だったらもっと楽しめたと思うんですけどね、映画のリポートを自分の言葉で表現するのが苦痛で苦痛で。事前に準備しておかないと本番で全然喋れないので、原稿はかならず用意してたんです。でも、書いた原稿を読むのって本当につまらないんですよ。
それを半年くらいは続けたかな。そのうちに試写会にも行かずに「名画紹介」なんていう本を買って、あらすじを引っ張ってきて原稿を書くようになって(笑)。
――意外な一面ですね(笑)。
速水:でも、バレるもんですね。スタッフにこっぴどく怒られました(笑)
もし声優でなければ今頃は……
――下積み時代は、どんなアルバイトをされていたんですか?
速水:東京に来て一番最初のアルバイトは、結構おもしろくてね。力仕事なんですけど、当日までどこに行くかはわからないんですよ。「蒲田駅東口に〇時集合!」とだけ言われて、行ってみると安全靴なんかを手渡される。で、トラックの荷台に乗って連れて行かれた先で、引越しだったり荷下ろしだったり。時給500円だったかな。
でもそんな何をするかわからないミステリーツアーみたいなバイトだから、一緒に働きに行く人もワケありな感じの人が多くて。結局、「これをずっと続けていたら、自分の気持ちもすさんできちゃうな」と思ってそのバイトは辞めました。
そのあとは、農協の畜産部ですね。
――農協の畜産部というと、どんなことをされるんですか?
速水:同じ力仕事ですけど、品川の港南にある冷凍庫で豚肉が冷凍されて保管されるんですよ。それが一つ80kgグラムくらいあったかなぁ。それを担いで車に乗せて、精肉店へと持っていくんです。
結構、大変な仕事ではありましたが、同じ業界や、映画監督をめざす人なんかと一緒に働いたりして、結構、おもしろい人が集まっていましたね。
――別のインタビューで、レストランのウェイターもやられていたと拝見しましたが、それはそのあとですか?
速水:そうです。それはたまたま劇団四季で同期だった方が先に働いていて、紹介してくれて。当時、レストランのウェイターの紹介所のようなものがあって、その紹介状を持っていると「プロフェッショナルとして認定されている」ということで少し時給が上がるんですね。
僕も紹介してくれた方のツテがあって、たまたま紹介状をもらって、時給1,200円だったかな。当時としてはすごくいいアルバイトでした。ちょうど劇団四季を辞めるくらいのときに「この仕事を本職にしようかな」と思っていたくらいですし、なんなら声優の仕事が入るのが嫌で「レストランで働けないじゃないか!」と思っていたほどです(笑)。
――それくらい、入れ込んでいた仕事だったんですね。
速水:お客様も非日常を味わいにいらっしゃるようなフランス料理店だったので、料理をタイミングよく提供したり、なるべくきれいな所作で給仕したり、お客様の気持ちを汲んでサービスしたり。どこか演劇に通じる部分もあったんじゃないかなと思うんですよね。
45年ほど前で一皿3,000円の料理でしたから、当時はかなり高価ですよね。それをふつうのニイちゃんが出てきて「はいよ」って出しちゃったら雰囲気が台無しじゃないですか(笑)。ちゃんと最高の料理を出すウェイターとして演技、演出しないと。
――確かに、通じるものがありますね……!ウェイターとしてのアルバイト経験が、今の声優業に生きてると感じるのはどんな部分ですか?
速水:うーん……ナイフとフォークの扱いが上手(笑)
――それは、声優と関係があるんですか……(笑)
速水:たまにパーティーなんかがあったりすると、サラダをうまく取り分けたりするとき、上手にできますよ。あと、シャンパンを開けるのもつぐのも誰よりも上手にやります(笑)。
でも、もしいま声優になっていなかったら支配人のような感じで自分のお店を開いてたんじゃないかな。そんなことを考えるくらいには、その仕事が好きだったんですよね。
50年ぶりにリブート復活
『グレンダイザーU』の魅力と注目ポイント!
――『グレンダイザーU』では、弓弦之助博士を演じられています。作品の魅力、注目ポイントを教えてください。
速水:この作品は『マジンガーZ』『グレンダイザー』に続くマジンガーシリーズの第3作目のロボットアニメとして1970年代に放映されたもののリブート作品なんですよ。
日本でも当時ものすごい人気の作品ではありましたが、じつは日本で放映されてからこの50年間で、世界でも愛されている作品でもあるんですね。とくに中東やヨーロッパでも根強い人気があるんです。
じつは収録前に、僕自身もUAE(アラブ首長国連邦)に仕事で行くことがあったんですが、『グレンダイザー』に対する熱量が本当にすごいんですよ。サウジアラビアには等身大の立像もあるそうですし、ものすごい人気を誇る作品だと感じました。
僕はアブダビでその熱量を浴びてから収録しているので、そういう意味でもすごく力が入りましたし、「絶対にいいものにするぞ」と思いながらのぞんだ作品でもあります。
©Go Nagai/Dynamic Planning-Project GrendizerU
――中東でそんなに人気があるなんて、知らなかったです……!弓博士はどんな気持ちで演じられていたんでしょうか?
速水:元々の作品では、かつて八奈見乗児さんが演じられていたんですが、僕は僕なりの弓博士にしたいなと思ってアフレコにのぞみました。
じつは子供の頃から、ロボットアニメの博士って一種の憧れもあったんですよ。もちろんパイロットもかっこいいけど、いわゆる正義の味方にとっての“頭脳”なわけじゃないですか。戦いにこそ出ないけど、博士の判断や研究の結果でパイロットは安心して戦える。そんなヒーローのバックヤードを支える存在として、単純に演じられるのが嬉しいですね。
アフレコのときは、宇門博士を演じる桐本拓哉さんと一緒になることが多くて、彼とは長い付き合いで、お互いの奥さんも知っている仲。収録の合間に奥さんの話を聞いたりして、すごくプライベートな話で盛り上がってました(笑)。
取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃