独立してさらに広がった世界
――速水さんは現役の声優でありながら、2013年Rush Styleという声優事務所を立ち上げていらっしゃいます。事務所設立はどんなきっかけだったんでしょうか?
速水:前の事務所に所属しているとき、仕事がなくなったわけではないんですが、ふと年齢的にも「あ、このまま自分はフェードアウトしていくんだ」ということを、妙に感じ入ってしまったことがありまして。
そんな矢先に妻が「ねぇ、あなたはなんでゲームの仕事とかしないの?」って言われたんですよ。僕としては全然、選り好んでいたわけではなくて、知らなかっただけで「ゲームの仕事って、そんなにあるの?」と聞き返した。そしたら「みんなやってるよ」と。
――僕、スパロボシリーズが好きなんですが、速水さんは複数の役で出られているのでゲームの仕事をしていないイメージはまったくありませんでした(笑)。
速水:スパロボは、アニメ作品がらみのものですからね(笑)。それとは違って、原作のないゲームの仕事も、じつは結構あって、僕はやってなかったみたいなんですよ。
そう考えると、僕が勝手に「自分にはこういうオファーはない」と感じていたタイプの仕事っていくつかあって。“年齢的にフェードアウトしていくかどうか”って、案外わからないかもしれないなと思った。そのとき挑戦する意欲が出てきて、初めて「外に出てやってみよう」という気持ちになったんですね。
そのタイミングで僕と妻の教え子だった男性がちょうど大学を卒業するというので、彼を誘って二人で始めて。それで独立してみたら、最初の1年間でびっくりするぐらい、いろいろな仕事をいただいたんですよ。「これは、フェードアウトなんて僕が勝手に思ってただけなんだな」というのを感じて。
――1年目から順調な感じだったんですね……!
速水:おそらく依頼するほうも頼みやすくなったんじゃないかと思うんですよね。それで次の年には妻も合流しまして、新人も採るようになり、養成所もつくり……ということでだんだんと広がってきて今に至る、という感じです。
とはいえ僕自身がプレイヤーなので、どうしても会社の形を整えるのは時間がかかってしまったんですけれども、徐々にいろいろなことを整えていって。今思えば、設立から10年経ってようやく会社らしい形になってきたのかなという気がしています。
養成所はいまが8期生で、1〜3期生の子たちはもういい形で世の中にも出て来られる状況になってきました。
――ご自身も声優として活躍されるなかで、大変な部分もあると思いますが面白いと感じることも多そうですね。
速水:そうですね。大変さよりは、どちらかといえば面白さのほうが大きいかな。
自分だけの仕事なら、そんなに夢を見たり、一喜一憂することって少ないと思うんですよ。でもうちの新人って、なんなら養成所の入所試験のときから見てますから。その子たちがオーディションに受かって、この業界に入って僕たちの知ってる仕事仲間と共演して……というシーンを見ていると、やっぱり感慨深いですよね。
――ご自身の会社から、また縁と人間関係が広がっていくような。
速水:そうですね。よく「この間、〇〇さんにごちそうしていただいて」とかって、新人の子が僕に言うんですよ。そうすると僕もその方に「ありがとう。今度は僕がごちそうするからね」とは伝えるんですけど、これがなかなかお返しをする機会が巡ってこない。
そうこうするうちに、また新人の子が同じ人にごちそうになって、という図式ができあがっていたり(笑)。ありがたくも、申し訳ないなと思うことばかりです。
――でも、すごくいい形でこの世界に加われている証拠ですよね。事務所の代表として、所属声優たちにはどんなことが大事だと伝えているんですか?
速水:明確に「こうしなさい」ということはほとんど言わないんですが、僕自身も授業をもって教えたりもするので、新人には仕事をする上での心構えみたいなものは伝えますね。それは、一つ一つの仕事を大事にすること、自分のいまの実力を把握すること、あとは常に向上心をもつこと。この辺は、みんなきちんと理解した上で現場に出ているなと感じます。
あとはとにかく「優しくあれ」ということは伝えています。
――「優しくあれ」には、どんな意味を込めているんしょうか?
速水:昔の話になりますけど、僕らが新人の頃って、スタッフをアゴで使うような先輩声優がたくさんいたんですよ。もう本当にパシリかのようにスタッフを使ってしまう。
僕自身、それを目の当たりにしながら「うわ、これはアウトだろうな」と思って、スタッフの方とも対等に接するようにしていたんです。案の定というか、そういうアゴで使われていたスタッフが、いまや大きな会社の社長になっていたりするんですよね。
――アゴで使っていたつもりがいつの間にか関係性が逆転してしまう……!
速水:もちろん「そういうことがあるから優しくしろ」というわけではなくて、新人だろうとなんだろうと、人と人とが仕事をしている以上、お互い対等であるということをわきまえないと、そもそも失礼だし、どこかでパワハラに繋がるかもしれない。
そういう歪んだ関係を作ってはいけないということで「どんな立場であれフィフティ・フィフティで仕事をしよう」という話をしますね。「優しくあれ」という言葉には、そういう意味も込めているつもりです。
一曲に込められた歌い手の人生
『ヒプノシスマイク』神宮寺寂雷
――続いて『ヒプノシスマイク』についてもお伺いしていこうと思います。 まずは、「声優がラップを歌う」って最初に聞いたときは、率直にどう感じましたか?
速水:いや、とんでもないと思いましたよ。元々は、ラップという音楽に全然馴染みがありませんでした。
なので、まさか自分が関わるなんて、1ミリも考えたことはなかったし、この歳になって「こんなに歌の練習するのか俺は!」という感じだったかな(笑)。
そしたらあれよあれよという間に話が進んでいって、気付けばラップを歌ってCDを出して、挙句のはてにライブまで出ているという(笑)。
――ご自身にとっても、すごく意外だったんですね。「麻天狼」神宮寺寂雷としてのパフォーマンスのときは、どうやって気持ちをつくっているんでしょうか?
速水:とくにライブのステージで言えば、あんまり寂雷をやりすぎるといやらしいし、かといって速水奨個人としてステージに立つわけにもいかない。その微妙な塩梅の気持ちでのぞんでいますかね。寂雷6:速水4、くらいかな(笑)。
でもありがたいことに、「速水奨の好きなキャラのランキング」なんかでも神宮寺寂雷は結構上位にくるキャラクターなんですよ。元々、ラップに馴染みのなかった自分からすると、それだけいろいろな方が聴いてくださっていることが、本当にありがたいと思います。
©『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rhyme Anima製作委員会
――でも元々ラップに馴染みがなかったというところから察すると、相当 練習なさっているんじゃないでしょうか。
速水:それはもう、大変(笑)。ふつうの歌ってどんなに長い歌詞でも、せいぜい見開きひとつで終わるじゃないですか。僕が歌っている寂雷のラップ、歌詞だけで6ページとかあるんですよ(笑)。
「一曲の中に、こんなに言葉が詰まってるのか。なんなら、お経よりも詰まってるんじゃないか」と思ってしまいますよね。
――元々、ヒップホップというジャンル自体が「自分の人生をのせる音楽」だと聞いたことがあります。
速水:そうなんですよね。以前のライブにAwichさんがゲストで来てくれたんですが、すごくかっこいいんですよ。
彼女には壮絶な過去がありますが、それすら彼女はみずからのラップにのせて思いを音楽にして届けている。
Awichさんが歌う姿を見て、「ヒップホップというジャンルは、人生を背負ってやるものなんだ」というのを改めて実感しましたよね。
――そう考えると『ヒプノシスマイク』の声優陣は、キャラクターの人生を背負ってパフォーマンスをしているんですね。
速水:僕たちはあくまでキャラクターにのせて歌う役目なので、それはやっぱり考えなくちゃいけないし、「作品の中での神宮寺寂雷という人物」と「そこにキャストされている声優・速水奨」という図式を、ちゃんと意識しながら表現したいというのは常々感じています。
もちろん僕が感じていることだけが正解ではなくて、声優によって「どんな思いをのせて歌うか」はまったく違う捉え方でいいと思うんですよ。
そのいい意味での違いやばらつきがキャラクターごとの個性にもなるし、『ヒプノシスマイク』の楽しさや魅力にも繋がっているのかなと思います。
取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃