唯一、そのキャラに没頭しきれるのが声優
――役への向き合い方で大事にしていることをお聞きできますか?
梶:アニメの制作スタッフには、様々なプロフェッショナルが関わっていますよね。音のプロ、絵のプロ、物語のプロなど、それぞれが完璧な立ち回りをしているからこそ、魅力的な作品が生まれるわけです。
その中で、自分の演じるキャラクターのみに向き合うことを許されている存在が、声優だと思うんですよ。担当キャラクターについて集中して考える時間を誰よりも与えられているからこそ、声優には、その役について全身全霊で向き合う義務があると思っています。
どんな背景や思想を持って生き、どんな思考や感情でそのセリフを放つのか。やはりそこは大事にしたいですし、キャラクターにとっていちばんの理解者、味方でありたいと常に考えています。
――例えば理解者、味方であるということは、どこかしら自分とそのキャラに共通する点がある、ということなんでしょうか?
梶:もちろん、それは役によります。自分自身の考え方や人間性と演じる役が、かならずしも一致するわけではありません。むしろ、一致することのほうが少ないんじゃないでしょうか。
けれど、声優は基本的に選ばれる立場。オーディションの中で、少なからず役者とそのキャラに共通するものを、製作陣の誰かが見出してくれているんじゃないかとは思います。なので、自分との共通点をあえて“探す”行為はしませんが、演じているうちに、自然と共通する部分を感じてきたりはしますね。
きっと、そんな要素が魅力的に映ると感じられたからこそ、その役に選んでいただけたのかな、と思うようにしています。
――なるほど。梶さんは、結構ロジカルに考えて役作りをしていくタイプですか?
梶:自分としては感覚的な部分の比重が大きいと思っていますが、周りの声優や音響監督と話すと「考えるタイプ」と言われることが多いですね。
もちろん、自分の中にイメージがなければ演技もできないし、そのキャラのことを深く知らなければお芝居なんてできないので、事前準備としてそれなりに考えていくことは多いです。だけど、僕としては「マイク前に立った瞬間にそれを全部忘れ、いかに新鮮にお芝居できるか」が重要であり、理想的だと考えているので、それを実践している感覚ですかね。
会話とは、相手の言葉があり、それを受けて初めて、自分がどう返すかが決まってくるものだと思うので。「よし、準備してきたとおりにやるぞ」という気持ちだと、まるで相手のことを無視したような掛け合いになってしまうので、一度全てを忘れる覚悟が必要な気がしますね。
後悔しないために、全力を出し続ける
――梶さんにとっての座右の銘というと、どんな言葉が思い浮かびますか?
梶:座右の銘として相応しいかはわかりませんが、“ご縁”は大事にしている言葉です。
たとえば、運の要素は偶然に左右されるものですが、逆に努力の要素は自分で準備して、補うことができる要素ですよね。でも、その二つの要素を最大限生かすためには、実は“ご縁”が何よりも大事なんだというのは、この20年声優をやってきて学んだことのような気がしています。
僕らの仕事は一人では何もできない。アフレコにせよ、事務作業にせよ、他者との関係の上でしか成り立たないのが声優の仕事だと、日々感じています。
――何か、そう思うきっかけがあったんでしょうか?
梶:大きな出来事があったわけではないですが、他のどの職業とも同じように、声優という仕事にだって、日々「うまくいかないな」と思うこともたくさんあるんですよ。自分の努力だけで何かを変えられるのであれば頑張ればいいだけの話なのですが、当然そうじゃないことだってある。
そういう意味合いにおいては、先ほどお話した“ご縁”という言葉は、決してすべてが良いニュアンスとしてだけ成立しているわけではなくて。
例えば、実力以外の何かが理由でオーディションに落ちることだってあるのが芸能界。そういうときには「この役とは“ご縁”がなかったんだ」と思うことで、やりきれない自分を誤魔化すことだってあります。でもそのおかげか、「いまの自分にとっての、もっと良いチャンスは別の場所にあるからなんだ」と考えられるようになり、少しだけ気が楽になった部分もあります。
納得できることばかりじゃない世の中だからこそ、あえて、この“ご縁”という言葉を大切にしているところもあるかもしれませんね。
――気持ちを切り替えて、次に進むための言葉でもあるんですね。
梶:そうですね。でも、そういう苦しいときに自分を救ってくれるのも、やっぱり周りの方々との“ご縁”なんですよ。自分が頼る人もそうだし、頼ってくれる人もそう。苦しいときほど、その存在に救われる部分がありました。
現場で切磋琢磨しあう声優仲間、プライベートで笑いあえる友人、苦しいときに支えてくれる家族、どんなことがあっても見守ってくれているファンの皆さん。そんな大切な人たちがいてくれるからこそ、いまの自分がある。いつでも感謝の気持ちを忘れないようにしたいという意味でも、自分にとっては“ご縁”がすべてなんです。
――今後は、どんなことに挑戦していきたいとお考えでしょうか?
梶:声優としての目標はとてもシンプルで、とにかくいい芝居ができる役者、声優になりたいということに尽きますね。まあ何を持っていいとするかは、人それぞれ違うわけですが(笑)。
作品との出会いも、やはり“ご縁”だと思うので、自分を変えてくれるような大きな役に出会えるかどうかは、巡り合わせとしか言いようがありません。でも、そのチャンスがいつ巡ってきてもいいように、準備しておくことはできます。その時々のベストな芝居をいつでも引き出せるように、常に飢え続けていることが必要だろうなと僕は考えています。
――2024年が、声優20周年でもありました。これからに向けての意気込みを教えてください。
梶:この10年間、声優業に全力で取り組むのは当然のこととして、そこに加え、映像や舞台、バラエティなど、さまざまなフィールドに挑戦してきました。きっと40代に向けて「自分に何ができるか」に挑戦し続けてきた時間だったんだろうなと思います。
悔しい思いもたくさんしてきましたが、そこで得た経験値は、確実にこれからの10年間に生きてくるだろうと感じています。もちろん、今後も機会があれば、臆せずいろいろなことにチャレンジしていきたいなとは思っています。けれど、40代でのいちばんの目標は、30代での経験、その気づきや学びを、どんどん声優業や自分のプロジェクトにフィードバックしていくことです。
「色々なことやってる人だな」と思われる方も多いかもしれませんが、僕はあくまで、声優でしかありません。声優になりたくて声優を目指し、声優という夢をつかんで声優を追求をしていく。僕はそんな自分に誇りを持っています。その姿勢はこれからも、死ぬまで変わらないでしょう。
取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃