2024/4/6(土)放送
パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜
パリ2024パラリンピック日本代表に内定!日本パラバドミントンのパイオニア 長島理選手と、2023年アジア選手権では3冠を獲得!パラサイクリング木村和平選手、三浦生誠選手をご紹介。
全日本選手権で優勝15回、世界選手権でもメダル12個獲得のレジェンド長島理選手。中学からバドミントンを始める。大学時代に事故で脊髄を損傷し車いす生活となったが、車いすバドミントンを知り競技を再開。バドミントンだけではなく、研究者としても活躍!
二人乗り自転車に乗り、最高速度70km以上でトラックを駆け抜けるタンデム。前はパイロットとよばれる健常者、後ろは視覚障がい者でペアを組み2人が息を合わせ最速を目指す競技。2023年アジア選手権では3冠を獲得!
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応援団長の中山秀征がパラスポーツを体験しながら、ルールやテクニックなどを解説し、その魅力に迫るとともに、パラアスリートの熱い思いを聞く。
第1回はパラバドミントンの長島理選手とパラサイクリング・タンデムの木村和平選手、三浦生誠選手を紹介する。
研究者とアスリートの二刀流 パラバド界のレジェンド
長島選手は全日本選手権車いす(WH1)シングルスで15回優勝、世界選手権で12個のメダルを獲得している日本パラバドミントン界のパイオニアだ。パラバドミントンは大きく分けて車いすと立位(立ってプレー)のカテゴリーがあり、車いすはWH1とWH2の2クラスに分けられる。長島選手はより障がいが重いWH1に属し、腹筋と背筋がほとんど機能しないため、腕の力や反動で上体を起こしてプレーする。しかし放たれるショットは、腕力だけで打っているとは思えないほどのスピードだ。バドミントンはスマッシュの初速の最高時速が500kmを超えることがあり、「最速の球技」と呼ばれるが、パラバドミントンのショットも相当な速さ。選手たちはそれを見極めてラリーを続け、隙をついてスマッシュを決める。そんなパラバドミントンに中山が挑戦するものの、当然ながら大苦戦。シャトルの落下点に入ることすら難しい。
埼玉県出身の長島選手は、中学の部活動でバドミントンを始め、高校時代はダブルスで県大会ベスト8に進出。だが大学時代に交通事故で脊髄を損傷し、体の半分以上の自由を失った。絶望した時期もあったそうだ。それを乗り越え、長いリハビリに取り組んだのは、「大学のサークルの友人とバドミントンがしたかったから」(長島選手)。バドミントンが好きだから、仲間とプレーしたい。その思いがパラバドミントン競技者への道につながっていった。大学のサークルには競技用の車いすの情報がなかったため、それを得ようと障がい者のバドミントンクラブに入会。それをきっかけに、2000年頃から国内の大会に出場し、実績を積み重ねて国際大会にも出場するようになった。以後、世界の舞台で戦い続けること20数年、今もトップクラスの実力を維持する。まさにレジェンドだ。
パラバドミントン界のレジェンド・長島選手だが、実は研究者としての顔も持つ。大手企業「LIXIL」に勤め、新技術の特許取得に貢献したこともあるのだ。「研究者としての側面が競技に有利に働いていることはあるか」という中山の問いに、長島選手は「役に立っている」と答える。長島選手が「なぜなぜ分析」と呼ぶ、研究者ならではの考え方、競技へのアプローチ方法とは?
長島選手はパリ2024パラリンピックに出場。シングルス7位と東京2020パラリンピックに続く入賞を果たし、松本卓巳選手とのペアで出場したダブルスは4位と、メダルにあと一歩まで迫った。「現状把握が一番大事」と語るレジェンドは、より高みを見据え、自身を分析・研究して磨き続ける。
1986年生まれの藤田選手は、高校時代にフェンシングを始め、インターハイに出場。大学進学後も競技を続け、将来を嘱望されていた。しかし19歳のとき事故で首を骨折。胸から下にまひが残り、車いす生活を余儀なくされた。「人生が真っ暗になるような感覚がありました」と当時を回想する。しかし暗闇に光が差し込む出来事があった。高校の1年先輩である太田雄貴選手から「車いすフェンシングを始めて、パラリンピックを目指したらどうだ」と提案され、「自分はオリンピックでメダルを獲るから、藤田はパラリンピックで獲れ」と告げられたのだ。なお、太田選手は言葉通り、北京2008オリンピックと、ロンドン2012オリンピックで銀メダルを獲得している。
時速70km以上でトラックを駆け抜けるパラサイクリング・タンデム(2人乗り/クラス名称はB)は、前席に健常者のパイロット、後席に視覚障がいの選手が乗り、ペアで息を合わせてタイムを競う。視覚障がい者の木村選手は、パイロットの三浦選手と組んでこの競技に打ち込んでいる。木村選手は先天性の視覚障がいだったが、高校生までは健常者に交じり、サッカーをプレーしていた。しかし障がいが進行し、当たり前にできていたことができなくなっていった。自転車に乗ることもそのひとつだった。そんなとき2人乗り自転車に出会い、乗ることで「風を感じることができた。楽しかったし、爽快感が好きになりました」(木村選手)。2017年、「かつての日常にあった爽快感」を取り戻してくれた競技に本格デビューした木村選手は、2023年のアジア選手権で男子1kmタイムトライアルなど3種目を制覇。「ペア種目なので意思尊重が大事。言いたいことを言い合っている」と語る三浦選手とともに、目標だったパリ2024パラリンピック出場も果たし、男子4,000m個人パシュート10位、1,000mタイムトライアル6位入賞と健闘。さらなる成長が期待される。
文/佐藤新