2024/4/20(土)放送 パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜

パリ2024パラリンピック日本代表に内定!6大会連続となる パラ水泳・鈴木孝幸選手と、三輪自転車で順位を競うロード種目「トライシクル」の国内唯一の競技者 パラサイクリング・福井万葉選手をご紹介。

鈴木 孝幸

鈴木 孝幸

パラ水泳

東京2020パラリンピック金メダリスト。パラリンピックには5大会連続で出場し、計10個のメダルを獲得するレジェンド。日常生活からストイックに過ごすことで20年に渡りトップアスリートの座を維持してきた鈴木選手を癒してくれるのは飼いネコのメイちゃん!

福井 万葉

福井 万葉

パラサイクリング

三輪自転車で順位を競うロード種目「トライシクル」の国内唯一の競技者。専門のコーチはおらず、練習は常に一人で行わなければならない状況でもひたむきに努力を重ね、パリ2024パラリンピック出場を目指す!

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応援団長の中山秀征がパラスポーツを体験しながら、ルールやテクニックなどを解説し、その魅力に迫るとともに、パラアスリートの熱い思いを聞く。
第3回は、パラ水泳男子の鈴木孝幸選手と、パラサイクリング男子の福井万葉選手を取り上げる。

20年にわたり第一線で活躍するパラ水泳界のレジェンド

パラ水泳は運動機能、視覚、知的の3つの障がいに大別され、障がいの程度などにより細かくクラス分けされる。生まれつき両足と右腕のヒジから先がなく、左手の指にも障害がある鈴木選手は、SB3(平泳ぎ)とS4(自由形・背泳ぎ・バタフライ)に属する。肢体障がい10クラスのうち比較的障がいが重いクラスだ。
 パリ2024パラリンピックの前に応援団長・中山秀征によるリモートインタビューが行われ、鈴木選手は興味深いエピソードをいくつも語った。1987年生まれの鈴木選手は、家族に勧められて水泳を始めた。「障がいがあって小学校のプールでも底に足がつかない。怯えず慌てず、みんなと一緒に水泳の授業が受けられるように、というのが目的でした」。鈴木選手は幼い頃から普通学級に通い、健常者と変わらない環境で育った。水泳も健常者と一緒に楽しむものだった。競技として本格的に打ち込んだのは、高校生になってから。コーチの勧めでパラ水泳の大会に出場するようになり、「健常者の友人と泳ぐと自分は遅い方だったのですが、大会に出たら勝てたりしたので、自分が思っていたより水泳が得意なのかなと感じた」という。それが転機になり、2年を経て17歳で日本代表に選出。2004年のアテネ大会でパラリンピックに初出場をして銀メダルを獲得。以来、パリ大会まで6大会連続で出場するなど、20年にわたり第一線で活躍。パラリンピックや世界選手権で何度も表彰台に立ち、現役ながらレジェンドと呼ばれる存在になった。

自己管理を徹底して実力を維持し、多くのメダルをつかみ取る

華々しい成績の陰には、たゆまぬ努力があった。「足が両大腿からないので、トレーニングでの消費カロリーは意外に少ない。でも胃袋は健常者なので、食欲のまま食べると体重が増えてしまう」。そうした自分の肉体の特性を理解し、食事制限をしたりして自己管理を徹底することで、長年トップアスリートの座を維持してきた。その原動力は、「30代後半になっても、まだ自分が世界と戦えそうなレベルにあるということと、応援してくれる方々に全力のパフォーマンスを見せられたら、という気持ち」だという。中山がパリ大会への意気込みを尋ねると「個人種目はすべてメダルが狙えそうな位置にいるので、貪欲に表彰台を狙いたい」と答えた鈴木選手。その言葉通り、金メダルに輝いた50m平泳ぎ(SB3)など、出場した個人4種目全てで表彰台に立ち、通算獲得メダル数は14個になった。大会後、次のロサンゼルス2028パラリンピックを目指すことは明言しなかったが、第一線から退いたとしても、伝説を築いてきたレジェンドは、新たな舞台でも輝きを放つだろう。ちなみに、終始落ち着いた表情と言葉でインタビューに応じた鈴木選手だが、かわいらしい“乱入者”に表情を緩めた。その場面も見どころ。

試行錯誤を重ねて走る、「トライシクル」国内唯一の競技者

パラサイクリングのロード種目は、トラック種目と同じCクラス、Bクラスに加え、トラックにはないTクラスとHクラスも実施される。Tクラスはペダルを漕ぐ脚力はあるが、重度のまひや体幹の機能障がいによりバランスを取るのが難しい選手のクラスで、安定性の高い三輪自転車=トライシクルで競技を行う。この種目の国内唯一の競技者が福井選手だ。先天性の脳性まひのため、運動機能や言語に障がいがある福井選手は、15歳のときトライシクルに出会った。風を切って走る魅力にはまり、競技開始から3年を経た2019年に強化指定選手に選出。しかし唯一の競技者であるがゆえの悩みがある。三輪自転車に詳しい人は多くなく、専門のコーチもいない。練習は常に1人で行わなければならず、実際にレースを見て、ほかの選手の気になる動きを取り入れ、試す。それの繰り返しだという。試行錯誤を重ね、ひたむきに努力を重ねる福井選手。第1の目標だったパリ大会出場は叶わなかったが、努力すること、走ることを止めることはない。

文/佐藤新

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