2024/5/18(土)放送
パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜
パラリンピック2大会連続出場を目指す パラ馬術の稲葉将選手と、パリ2024パラリンピック日本代表に内定!元バレーボール選手としても活躍した、パラカヌーの小松沙季選手をご紹介。
リハビリの一環として始めた乗馬… 馬と一体になる気持ちよさに惹かれ次第にのめり込み、東京パラリンピックに出場するまでに!パラリンピック2大会連続出場に向け、人馬一体で歩みを続けています。
異色の転身をとげたパラカヌー界のヒロイン!
国内最高峰のVリーグでもプレー。現役引退後、突然の病により車いす生活に…健常者として、そして障がい者としてスポーツを経験している彼女だからこそ感じた思いとは?
©J:COM
応援団長の中山秀征がパラスポーツを体験しながら、ルールやテクニックなどを解説し、その魅力に迫るとともに、パラアスリートの熱い思いを聞く。
第7回は、パラ馬術の稲葉将選手と、パラカヌーの小松沙季選手を紹介。
リハビリの一貫で乗馬を始め、大学4年で競技者の道へ
今回、応援団長・中山秀征が取材するのは、パラ馬術日本代表のキャプテン・稲葉選手。馬術はパラリンピックで唯一、採点で順位が決まる競技であり、馬場の中で馬を歩かせたり、ステップを踏ませたりして、動きの正確性や美しさを競う。出場するのは肢体不自由の選手と視覚障がいの選手。男女の区別はなく、障がいの内容や程度に応じて?〜?の5つのグレード(クラス)に分けられる。種目は決められた動きを行う個人と、3人で組み規定演技を行う団体、グレードごとに個人8位までの人馬が出場できる個人自由演技がある。稲葉選手は、2番目に障がいが重いグレード?に属する。
中山が静岡県静岡市にある静岡乗馬クラブを訪ねると、稲葉選手は、愛馬にブラシがけをしていた。「できることは自分でするようにしています」と語る稲葉選手は1995年生まれ。先天性の脳性まひで両足に障がいがある。馬との出会いは小学生時代。「母がホースセラピーの新聞記事を読み、強引に連れていかれた感じでした」とのこと。ホースセラピーとは、乗馬や馬の手入れなどを通じて社会復帰を目指すリハビリ方法だ。リハビリの一貫として始め、次第に熱中していった乗馬を、競技として意識したのは大学4年生のとき。「この静岡乗馬クラブで練習を始めたときから競技者としてスタートしました」。稲葉選手はこのクラブで、パラリンピック出場経験を持つ浅川信正コーチの自宅に泊まり込み、週5日の練習に励んでいる。また、馬術ではパートナーである馬との信頼関係が大事なため、「馬となるべく一緒にいて、自分のことを分かってもらえるように。できることをしながらコミュニケーションを取っている」と語る。
グレードの変更により新しい可能性が開ける
稲葉選手は競技開始から1年で2018年世界馬術選手権に出場し、東京2020パラリンピックへの出場権をつかんだ。「国を代表して戦うという、パラリンピックならではのもの」を感じることができたが、結果は15位と満足いくものではなかった。「初日は緊張して何も覚えていないんですよ。余裕がないことが馬に伝わって、いつもよりバタバタしてしまった」と振り返る。しかし経験不足を実感した稲葉選手に、転機が訪れる。それまで?だったグレードが、東京大会後の検査で?に変更されたのだ。新しい可能性が開けた稲葉選手はパリ2024パラリンピック日本代表に選出され、個人、個人自由演技とも8位に入賞した。2度目の祭典で異なる景色を見た稲葉選手は、人馬一体で前に進み続ける。
元Vリーガーの目標は、競技で結果を残し、社会を変えること
パラカヌーは、直線距離200mの水上コースで順位を競う。種目は艇の種類でカヤックとヴァーに大別され、出場対象は下半身や体幹に障がいのある選手。障がいの程度や運動機能によってそれぞれL1〜L3の3つのクラスに分けられる。ヴァーのL2クラスに属する小松選手は、1994年生まれの元バレーボール選手で、国内最高峰のVリーグで2シーズンプレーした経験を持つ。現役引退後は指導者を目指していたが、体調を崩して入院。左手と両下肢にまひが残った。突然の病で車いす生活になった小松選手だが、パラスポーツの関係者に声をかけられ、体力測定に参加したことをきっかけに、パラカヌーの競技者に。すると持ち前の運動能力で急成長。競技開始から半年ほどで東京2020パラリンピックに出場し、10位という結果を残した。健常者として、障がい者として、高いレベルの舞台を経験した小松選手には、新たな思いが生まれた。「車いす生活になって社会に出て、思っていた以上に困るというのが素直な感想です。競技で結果を残し、結果的に社会を変えていけたらいいなと思っています」。大きな目標に近づくための第一歩だったパリ大会は、代表権を得たものの本番で棄権し、順位なしに。結果を残すのは簡単ではなく、残した後にも荒波が待ち受けているだろう。しかし障がい者に優しい環境を作るという目標に向け、小松選手は漕ぎ続ける。
文/佐藤新