2024/6/1(土)の再放送 パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜

※ ♯9の再放送
50歳で東京大会に出場し、金メダルを2個獲得したパラサイクリングの女王 杉浦佳子選手と、パラリンピックで金メダルをとりたい!という強い思いから転身を図るパラカヌーの髙木裕太選手を紹介。

杉浦佳子

杉浦佳子

パラサイクリング

50歳で出場した東京パラリンピックで金メダル2つを獲得!日本選手最年長 金メダリストの称号もあわせて獲得しました。53歳となったいまでもトレーニングを欠かさず多い日には100キロ、ペダルを漕ぐことで女王の座を守り続ける。大会後には「カップ焼きそばと第3のビールで乾杯したい」と庶民的な一面も…

髙木裕太

髙木裕太

パラカヌー

高校球児で、大学入学後も野球漬けの日々を送っていたが19歳の時、バイク事故で車いす生活に…その後、車椅子ソフトボール日本代表として活躍するも「パラリンピックで金メダルをとりたい」という強い思いからパラカヌーに転身!パリ大会でメダルを狙う!

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応援団長の中山秀征がパラスポーツを体験しながら、ルールやテクニックなどを解説し、その魅力に迫るとともに、パラアスリートの熱い思いを聞く。
第9回は、パラサイクリング女子の杉浦佳子選手と、パラカヌー男子の_木裕太選手を紹介。

50歳を過ぎても世界トップに君臨するパラサイクリング界の女王

1970年生まれの杉浦選手は、50歳で東京2020パラリンピックに出場し、女子個人ロードタイムトライアルと、女子個人ロドレース(ともに通常の二輪自転車で競うC1-3クラス)の金メダルを獲得。その後も世界トップに君臨する実績と実力から、パラサイクリング界の女王と呼ばれる。20代でフルマラソンを完走し、30代からはトライアスロンに取り組んだ杉浦選手は、2016年に自転車レース中の事故で生死をさまよう。一命は取り留めたものの右半身のまひに加え、記憶や言語の障がいが残り、当時は家族の顔の判別もつかなかった。「どうやって生きていけばいいんだろう」と絶望感を覚えたそうだ。しかしリハビリ生活に希望を見出す。「腕が全く上がらなかったんですけど、リハビリの先生が数日に1回、腕が何度上がったか分度器で測ってくれたんです。それが少しずつ上がっていくのが楽しくなった」と、決して楽しいだけではなかったはずの日々を笑顔で振り返る。そして杉浦選手は、奇跡の復活を遂げる。事故から1年足らずで再び自転車にまたがり、パラサイクリング日本代表選手として活躍。パラリンピックで2冠に輝くとともに、日本選手最年長金メダリストの称号も手にした。

最年長金メダリストはストイックな日々を送り、走り続ける

東京大会後、「最年少記録は更新できないけど、最年長記録はできますよね」と語っていた杉浦選手は、早くから「パリ大会の目標は金メダル最年長記録の更新」と公言していた。応援団長・中山のインタビューで「まだまだ若い者には、という気持ちはありますよね」と問いかけられると、「それが去年、衰えを感じまして」と笑ったが、2023年の世界選手権トラック大会で2種目優勝、ロード大会でも2位と3位と、堂々たる成績を残した。衰えを感じているのは事実なのだろうが、毎日トレーニングを欠かさず、女王の座を守り続けている。ストイックな日々を送る杉浦選手に、中山が「ご褒美で何を食べてもいいと言われたら?」と質問をすると、「第3のビールでカップ焼きそば」と答えが。女王は庶民派のようだ。杉浦選手はパリ大会女子個人ロードレース(C1-3)で連覇を成し遂げ、見事に最年長記録を更新した。ロサンゼルス2028パラリンピックでまた更新する姿を見せてくれるかも。今後も目が離せないアスリートだ。

パラリンピックを目指し水上へ。ひとつの目標を達成し新たな挑戦も

1994生まれの_木選手は、小学1年生で野球を始め、高校時代は甲子園を目指し、大学入学後も野球漬けの日々を送っていた。19歳のとき、バイク事故で脊髄を損傷し、胸から下の感覚を失って車いす生活に。しかし_木選手の当時の思いは、「生きていてよかった。その思いが強すぎて、障がいのことはあまり気にならなかった」というものだった。その後、野球経験を生かして車いすソフトボールを始め、日本代表として活躍するが、パラリンピック競技ではなかったため、「最初の目標がパラリンピックに出場することだったので、違う競技を探した」結果、カヌー競技者としての道に進んだ。クラスはKL1。カヤック(K)で最も障がいの重いクラスだ。「最初は落ちて(転覆して)ばかりで、1秒も乗れなかった」そうだが、1年ほどの経験で臨んだ2018年日本選手権に優勝し、東京2020パラリンピックに出場。男子(KL 1)12位の成績を残した。
 一つの目標を達成した_木選手は、新たなチャレンジを始めた。カヤックに加え、ヴァーにも取り組み始めたのだ。カヤックは両側にブレードがついたパドルで漕ぐのに対し、ヴァーは艇の左右どちらか片方にバランスをとるための浮き具がついている艇に乗り、片側だけにブレードがついているパドルを使って左右どちらかを漕いで進む。「自分の障がい的にヴァーの方がうまく体を使えると思いました」。力を最大限発揮して勝ちたいという思いが、この挑戦につながった。パリ大会にはKL1で出場し、10位だったが、自らの可能性を見据える_木選手の今後を見守りたい。

文/佐藤新

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