2024/12/14(土)放送
パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜
6大会目の出場となったパリ大会では5つの種目に出場。金メダル1つを含む4つのメダルを獲得したパラ水泳界のレジェンド・鈴木孝幸選手を紹介。
パリ大会では50メートル平泳ぎで、16年ぶりの金メダルを獲得。北京大会で21歳の自分が打ち立てた自己ベストを更新した。37歳の現在も進化を続けるパラ水泳界のレジェンドが語る未来とは…
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2024年12月14日放送回のゲストは、パラ水泳男子(SB3/S4/SM4)の鈴木孝幸選手。パリ2024パラリンピックの日本代表選手の中で最も多くのメダルを獲得したレジェンドに、応援団長・中山秀征が話を聞く。
6大会目のパラリンピックで最高の輝きを放ったレジェンド
1987年生まれの鈴木選手は、生まれつき両足と右腕のヒジから先がなく、左手の指にも障がいがあったが、幼い頃から健常者と一緒に水泳を楽しんできた。高校生になってから本格的に競技に取り組み、在学中にアテネ2004パラリンピックに出場。以降パリ大会まで6大会連続出場した。パリ大会では個人4種目とリレー1種目にエントリーし、50m平泳ぎ(SB3)で金メダルを獲得したのをはじめ、個人種目すべてで表彰台に。通算獲得メダル数を14個に伸ばし、またひとつ伝説を積み上げた。
パリ大会はどんな大会だったかと問われた鈴木選手は、「本当に調子が良くて、それを維持できた。満足度が高い大会になりました」と振り返る。最初の種目は50m平泳ぎ(SB3)。北京2008パラリンピックで金メダルに輝いたが、以降は銅メダルが最高成績だった。予選なしの決勝一発勝負だったため「緊張感があった」という鈴木選手だが、絶好のスタートでトップに立ち、そのままフィニッシュ。4大会ぶりに金メダルを獲得し、北京大会で記録した自己ベストも更新した。21歳の自分を超えた瞬間であり、「狙い続けていたことが実現できてうれしかった」という。パラリンピックをはじめ、多くの大舞台を経験している鈴木選手は、メダルがかかったレースでベストを尽くすための心身の高め方、ピークの合わせ方を自分なりにつかんでいる。「それがうまくハマって、自分の中で考え得るベストの泳ぎができた」と語るほどの会心のレースだった。
鈴木選手にはメダルと同じくらい大事に考えていたことがあった、それはパラ水泳界を牽引する後継者を育成すること。そんな思いで臨んだのが、若手3選手と組んで出場した混合200mメドレーリレーだった。7位という結果について問われた鈴木選手は、「若手3選手は、パラリンピックでメダルを獲ることを意識してレースをする経験がなかったと思う。(今回の結果で)メダルを獲るということは、今まで持っていた意気込みや準備では足りないことに気づいてもらえたらうれしい」と語った。
日本パラ水泳界のための新たな取り組みと、自身の今後の展望
長年、日本パラ水泳界を支えてきた鈴木選手だからこそ実感できるメダルの重みを次世代へ伝えたい。「僕が次のパラリンピックに出られるかは年齢的に分からないし、今後のパラ水泳界のために若手がメダルを獲らないといけない。そのための力になる役割を果たしたい」。そう考えた鈴木選手が新たに取り組み、パリ大会後に開催したのが、自身の名を冠した水泳競技大会「鈴木孝幸杯」だ。世界記録を基準にしたポイントシステムを採用し、障がい、健常者すべての選手が順位を競い合うもので、日本初の試みだった。現役選手である鈴木選手がこの大会を立ち上げたのは、「若手の選手がどんどん活躍していけるように、競技力を上げる一助になりたいと思いましたし、水泳人気を上げたい気持ちもある。その実現に自分ができることをしたい」と思ったからだ。大会には、パリ大会日本代表の田中映伍選手らも出場。参加者の中から、鈴木選手や田中選手に続く、未来のパラリンピアンがきっと現れるだろう。
結果だけでなく、さまざまな形でパラ水泳界を引っ張り、後押しする鈴木選手は、「ロサンゼルス2028パラリンピックの頃には40代になりますが」と尋ねる中山に「ロス大会にはなんらかの形で行きたい。選手としてなのかは分からないけど、今一緒に泳いでいる若手選手もたくさん出場するはず。彼らの活躍を生で応援したい」と答えた。その気持ちは本当だろうが、実力はいまだ日本トップクラスであり、第一線を退くと名言したわけでもない。ロス大会では、後輩たちを応援しつつ、競技者としてスタート台に立っている。そんな鈴木選手を見たいし、可能性は十分あるだろう。
文/佐藤新