2025/1/11(土)放送
パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜
車いすを自由自在に操る巧みなチェアワークと強烈なスマッシュ!2つの武器を携え、パラリンピック2連覇を果たしたパラバドミントン・里見紗李奈選手を紹介。
高校3年生の時、交通事故で脊髄を損傷。
腰から下が動かなくなってしまい、車いすでの生活に…引きこもりがちになり、趣味で始めたのが、中学時代に部活でやっていたバドミントン。ところが試合に出ると負けず嫌いの性格に火が付き、気づけば練習漬けの毎日に…
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2025年1月11日初放送回は、パラバドミントン(車いすクラス/WH1)の里見紗李奈選手を紹介。東京2020パラリンピックでは女子シングルス、ダブルスの2冠女王であり、パリ2024パラリンピックではシングルスを連覇、ダブルス銀メダルを獲得した日本のエースに、チアーズファミリーで元フィギュアスケート日本代表の村上佳菜子がインタビューする。
つながりを求めて始めたが、闘志に火がつき世界の頂点へ
村上が里見選手の指先のネイルに注目し、「かわいいですね。ネイルってモチベーション上がりますよね」と声をかけると、里見選手は喜んで同意しつつ「車いす操作のときにネイルをしていないと爪が割れたりするので、その(防止の)意味もあります」と明かした。里見選手はおしゃれと競技両方のために気を配った指で車いすを走らせ、シャトルを追う。
1998年生まれの里見選手は、中学時代にバドミントン部に所属していた。入部したきっかけは「部活に入らなければいけなかったから(笑)。あとはバドミントンをしている先輩たちがかわいいと感じたから」。熱心に打ち込んだわけではなく、高校時代は部活をせずにアルバイトばかりしていたという。理由は「したかったから(笑)」。かわいいと感じること、やりたいことを優先した学生時代だった。
そんな里見選手の人生が一変したのは、高校3年生だった2016年5月。交通事故で脊髄を損傷して腰から下が動かなくなり、車いす生活を余儀なくされることに。里見選手は入院中、「同級生は卒業旅行の計画を立てたりする時期で、“私だけ取り残されている”と、ふさぎ込んでいた」と回想する。そんな中で再び出会ったのがバドミントンだった。リハビリスポーツとしてプレーしたとき、「私の姿を見た父が“バドミントンいいじゃん”となって、障がい者のバドミントンチームを見つけてくれた」という。そのチームを主催していたのが、東京大会、パリ大会とも男子ダブルスで銅メダルを獲得することになる村山浩選手だった。「村山選手とプレーしたとき、村山選手が父に『東京(パラリンピック)を目指せるよ』と言ってくださって、私より父に火がついた(笑)」。里見選手自身は「車いすで生活をしている人たちの話を聞きたい、“関わりたい”」と、新たなつながりを求めて再びラケットを握ったという。しかしすぐに闘志に火がつく。「練習を始めてすぐに試合に出させてもらって、ボロ負けしました。負けず嫌いなので、勝ちたいと思って熱中しました」。熱中し、競技に打ち込んだ結果、日本代表になり、パラリンピック連覇まで達成。村山選手の“予言”を超えた。
同じく3連覇を目指す同志とともに、ロス大会へ向けシャトルを追う
里見選手の視線は、すでにロサンゼルス2028パラリンピックに向いている。目標はシングルス3連覇。もちろん、簡単なことではない。里見選手は東京大会を「パラバドミンが正式採用された初めての大会だったので、ただがむしゃらな気持ちで金メダルを獲得できた」と語る一方、パリ大会では「初代女王として参加して、今まで感じたことのないプレッシャーを感じた」と振り返る。ロス大会を迎えたときのプレッシャーは想像を絶するものになるだろう。だが幸いにも彼女には“同志”がいる。ロス大会男子シングルスで、同じく3連覇に挑む梶原大暉選手だ。里見選手は3歳年下の梶原選手のことを「同じ目標を同じ温度で目指す存在なので、プレッシャーに押しつぶされそうになったとき、一番に話せる相手なんじゃないかな」と評し、「大暉がなんて言うか分からないですけど。生意気なので(笑)」とつけ加えた。ちなみに梶原選手に里見選手について聞くと、「(目標を)共有できるのが里見さんしかいないので“頑張りましょう”と声をかけ合っている」とのこと。ちなみに、車いすクラスには混合ダブルスがないが、ロス大会で新採用され、2人が組む可能性もある。里見選手は「採用されたら一緒にプレーすると思う。でもけんかしそう(笑)」と笑いながら意欲を見せた。3連覇に向けて、新たな目標に向けて、里見選手はシャトルを追い続ける。
文/佐藤新