2025/2/1(土)放送
パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜
パリ2024パラリンピックで見事、金メダルを獲得したゴールボール日本代表!今回は、宮食選手の他にキャプテンの金子選手、そして決勝ゴールを決めた佐野選手を招いて祝勝会の模様をお届けします!
ゴールボール日本代表(金子和也選手、
宮食行次選手、佐野優人選手)
ゴールボール
金メダル獲得のゴールボール男子日本代表をお寿司でお祝い!みんなは納得していなかった!?佐野選手の発案!表彰台で見せたあのパフォーマンス誕生秘話に迫る!
ゴールボールとの出会い…家族の支え…など、3選手が競技への原動力について語ります。
©J:COM
2025年2月1日初回放送回は、ゴールボール日本男子代表の3選手を迎えて行った“祝勝会”の模様を伝える前編。日本男子がパリ2024パラリンピックで金メダルに輝いたことを祝うためのもので、会の発端となった代表チームのエース・宮食行次選手と、キャプテンの金子和也選手、パリ大会決勝戦で決勝ゴールを決めた佐野優人選手が出席した。
応援団長が約束を守り、ゴールボール日本男子代表の祝勝会を開催
ゴールボールは視覚障がいのある選手が3対3で対戦し、ボールを相手ゴールにバウンドさせて投げ入れ、得点を奪い合う球技。日本男子代表は東京2020パラリンピックに開催国枠で大会初出場し5位に終わったが、パリ大会は自力で出場権を勝ち取り、金メダルを目標に掲げた。大会前、宮食選手が応援団長・中山秀征のインタビューを受けた際、「金メダルを獲ったら寿司に連れて行ってください。チームメートもよろしくお願いします」と発言し、中山が快諾。そして日本はパリで金メダルを獲得し、祝勝会が実現したのだ。
金メダルを首にかけ、中山と対面した3人は運ばれてきた寿司をほおばり、美味を堪能。中山はともに食事を楽しみながら、パリ大会の思い出や裏話を聞き出していく。会場の印象について尋ねると、宮食選手は無観客だった東京大会と比較して「観客が入ると、(ボールの発する音を聞いてプレーする)ゴールボールはやりにくくなる部分があるけど、観客の応援にはそれ以上のメリットがあった」と振り返る。佐野選手も「ほどんどの声援が他国の言語の中で、日本語で応援してくれると良く聞こえる。それがうれしかった」という。
選手たちは声援を力に替えて戦い、表彰台の中央に立った。
中山は選手たちが表彰台の上で披露したあるパフォ―マンスが気になっていた。「(『ドラゴンボール』の)かめはめ波のポーズをしていたけど、事前に決めていたんですか?」と質問すると、佐野選手が「フランスで日本のアニメが人気だとリサーチして、みんな知ってくれているだろうから、ポーズを決めたいと提案した」と答える。中山が「みんなもそれに賛同した?」と宮食選手、金子選手に尋ねると、乗り気ではなかったのか微妙な反応だったが、観客の反応は悪くなかったようで、佐野選手によると「観客に会場の外で会ったら『かめはめ波やって』と言ってもらったし、カメラマンさんからのリクエストもあって、選んで良かったと思った」とのこと。
元野球少年たちがゴールボールと出会い、家族と喜びを分かち合う
3人は少年時代、いずれもプロ選手を夢見て野球に打ち込んでいた。しかし宮食選手は先天性の病気の悪化により、金子選手と佐野選手は難病の発症により視力が低下。夢を諦めざるを得なかった。佐野選手が発症したのは中学3年生のときで、野球で高校への推薦入学が決まっていたが断念することに。金子選手は小学4年生で視力が落ちながらも中学3年生の夏まで野球を続けたが、やはり引退した。そんな彼らが失意から立ち直り、前を向くきっかけになったのがゴールボールとの出会いだった。金子選手は「野球ができなくなってからゴールボールを始めるまでの期間は、できないことを数える日々だった。でも始めてからは、楽しいことを見つけることができた」と語る。「次の目標を見つけたことは、家族の励みにもなっただろうね」という中山の言葉に3人はうなずき、宮食選手は「パリに両親が来てくれて、初めて生でプレーを見せられたので親孝行になった」、佐野選手は「東京大会に出場したときも両親が喜んでくれましたが、金メダルという結果は、それ以上のものをもたらしてくれるんだなと感じた」と振り返る。金子選手は「母と兄をパリに呼ぶことができました。金メダルを獲得して2人のところに行ったらボロボロ泣いて、つられて泣いてしまった」と目を潤ませた。その後、中山がご褒美として特別の食材をプレゼントし、「メダルを獲ると違うなあ」と3人は満足げ。後編ではそんな彼らの、ゴールボールのさらなる発展に力を尽くす姿と思いに迫る。
文/佐藤新