2025/4/5(土)放送 パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜

アイスホッケーに魅了され、懸命な努力を続けた今、ニッポン復活に欠かせないキーマンへと成長した19歳の若きエース・伊藤樹選手を紹介。

伊藤樹

伊藤樹

パラアイスホッケー

6歳の頃から、アイスホッケーを始め、将来の日本代表を夢見て練習に励んでいた伊藤選手。9歳の時、交通事故に巻き込まれ、下半身が動かなくなりました。「もう一度ホッケーをやりたい」そんな思いでリハビリに励み、パラアイスホッケーに転向。わずか3年で日本代表に選出され、若くしてニッポンのエースへ!2022年の北京大会は年齢制限の壁に阻まれ出場はできず、ミラノ・コルティナが自身初のパラリンピック。日本が埋めなければいけない世界との差とは…

齋田悟司(さいだ さとし)

齋田悟司(さいだ さとし)

車いすテニス

パラリンピック6大会連続出場を果たした齋田選手。アテネでの金メダルをはじめ、3つのメダルを手にした車いすテニス界のパイオニアです!14歳で車いすテニスを始め、今年で39年。いまだ現役でありながら後進の指導にも力を注ぐ日々。53歳となった今、胸に秘める思いとは…

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2025年4月5日初回放送回は、パラアイスホッケー日本代表の若きエース・伊藤樹選手と、車いすテニス界のパイオニア・齋田悟司選手を紹介。初のパラリンピックを見据える19歳と、パラリンピックに6大会連続出場した53歳の思いに迫る(年齢は2025年7月時点)。

夢の実現へ闘志を燃やすパラアイスホッケー日本代表の若きエース

2005年生まれの伊藤選手は、6歳の頃からアイスホッケーを始め、将来の日本代表を夢見て練習に励んでいた。小学3年生のときに、練習に向かう途中で交通事故に巻き込まれ、下半身が動かなくなったが、「もう一度プレーしたい」という強い思いでリハビリに励み、事故から1年後にパラ競技専用のソリに乗って氷上に復帰。中学1年生で初めて日本代表合宿に参加した。2023年の世界選手権では、初出場ながら6得点をマークし、日本人として初めて大会MVPに選出。名実ともにエースと呼ばれる存在となった。そんな伊藤選手に応援団長・中山秀征がリモートインタビュー。伊藤選手はアメリカのコロラド州に滞在中で、幼い頃から抱いていたアメリカでプレーする夢を、「周りのサポートを受けつつ、やっと実現できました」と充実した表情で語る。自らの境遇を「練習に向かうときに事故にあったので、“ホッケーに捨てられて、ホッケーに救われた”」と感じている伊藤選手にとって、ホッケーは「切り離せない存在」であり、「僕からホッケーを取ったら何も残らない」と言う。
9月に20歳を迎える伊藤選手は、ミラノ・コルティナ2026パラリンピックで、初のパラリンピック出場を狙っている。しかし日本代表は、北京2022パラリンピックには出場できず、その前の平昌2018パラリンピックは、出場国中最下位だった。世界上位との差は大きい。伊藤選手は「勝ち切るための得点能力がほかのチームに比べて足りない」と課題を挙げる。2025年1月に長野市で行われた国際大会で、日本は予選リーグ3試合で4得点、準決勝は無得点で敗退。得点力不足があらためて浮き彫りになった。「どうすれば解消できるか」という中山の問いに、伊藤選手は「自分を含め、少ないチャンスを決め切ること、ブレイクアウト(守りから攻めに転じる一連の流れ)の中で、落ち着いてしっかりパックをつないでいくこと」と答える。相手コート深くまでパックを運び、相手守備に隙が見えたら確実にシュートまで持ち込む――。「決め切る」のはもちろん、伊藤選手の役目だ。「パラリンピックに出られなかったら引退するぐらいの気持ちでプレーしている」と意気込むエースにかかる期待は大きい。ミラノ・コルティナ大会最終予選に出場するためには、まず9月に開催されるパラアイスホッケー世界選手権Bプールで、6チーム中・3位以内に入らなければならない。“日本代表として4年に一度の大舞台に立つこと”。伊藤選手が幼い頃から追い続けてきた夢への挑戦が間もなく始まる。

日本車いすテニスの未来のために力を尽くすパイオニアの熱き思い

2025年2月、車いすテニスの普及を目的とするスペシャルクリニックが開催され、テニス未経験者や健常者41人が参加した。講師を務めたのは、パリ2024パラリンピック女子シングルス・ダブルス金メダルの上地結衣選手ら6人のプロ選手。その1人である齋田選手は、アトランタ1996から6大会連続でパラリンピックに出場し、アテネ2004男子ダブルスでの金メダルをはじめ、計3個のメダルを獲得した、日本車いすテニス界のパイオニアだ。「自分が経験してきたことや思いを若い選手に伝えたい」と語る齋田選手。世界の頂点に立った経験があるからこそ伝えられるチェアワークなどの技術は、次世代を担う若手選手にとって大きな刺激となった。1972年生まれの齋田選手は、14歳で車いすテニスを始め、競技歴は39年にも及ぶ。53歳となった現在は、現役を続けつつ後進の指導に力を注いでいる。「車いすテニスに関するすべてのことに関わっていって、必要とされればそこに行って協力していきたいと思っている。100%自分の情熱と気力を注いでいきたい」と胸に秘めた情熱を明かす。レジェンドのそんな思いは、日本の車いすテニス界にとって、さらなる推進力になっていくだろう。

文/佐藤新

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