2025/5/10(土)放送
パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜
ロサンゼルス2028パラリンピックの追加競技
パラクライミングの世界王者・髙野正選手を紹介。
トップクライマーとして活躍する髙野選手のもうひとつの顔は なんと学校の先生。競技を通じて髙野先生が児童たちへ伝えたい想いとは…
中学生で小児がんを患い、左足に障がいがある髙野選手。1年8か月もの闘病生活の中で得た「強さ」の秘密も語ります!
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2025年5月10日初回放送回は、ロサンゼルス2028パラリンピックの追加競技であるパラクライミング期待の星・髙野正選手を紹介する。
選手と教員の二刀流を貫き、独自の練習法でロサンゼルス期待の星に
パラクライミングは高さ約15mの壁を登る競技。クラスは視覚障がい(B1〜3クラス)、身体障がいに大別され、後者は上肢機能障がい(AU2・3クラス)、下肢機能障がい(AL1・2クラス)、関節可動域および筋力とその他の機能障がい(RP1〜3クラス)に分けられる。選手たちは壁面に設置されたホールドと呼ばれる突起物に手や足をかけながら決められたルートを登り、6分間で到達した高さを競う。壁は、ほとんどの選手が”完登(登り切ること)”できない難易度に設定されているが、何度も完登を成し遂げているのが髙野選手だ。2024年に開催された3つのW杯を完全制覇し、ロサンゼルス大会でも初代メダリストとなることが期待されている。
そんな髙野選手の練習場所に訪れたのは、チアーズファミリーの廣瀬俊朗。壁を登る髙野選手を見て、「障がいがある感じがしない」と感想を漏らすと、髙野選手は「よく言われます」と笑いながら左足を見せる。すると右よりも明らかに細い。髙野選手は元小児がん患者で、左足に悪性の腫瘍があった。がんは完治したものの、左足に障がいが残り、ひざが90度程度しか曲がらず、足首や爪先に力を入れることができない。両手両足をフル活用するクライミングにおいて、大きなハンデになるが、どう補うかを髙野選手が実際に見せてくれる。本来なら左足を置くホールドに右足を置き、大胆に足を外して腕の力で一気に登っていく。実に見事なもので、廣瀬も「すごいですね」とうなるばかりだ。
髙野選手は埼玉県の公立小学校の教員として働いている。「子どもたちに『頑張れ』『努力しろ』と言う割に、自分自身が何もしていなかった」ことがパラクライミングを始めたきっかけ。「『先生も何か頑張れるものを見つけるよ』と宣言したところ、近くにクライミングジムがあったので、試しに始めました」という。それが2018年のことで、翌2019年には日本選手権に優勝した。競技を始めた頃、「強い人たちに勝つにはどうしたらいいか考えた」という髙野選手は、競技時間より1分長い7分間、壁から落ちずに登り続けるトレーニングを繰り返し、力をつけていった。それ以外、ウエイトトレーニングはせず、食事に気を使うこともないが、「給食を食べます。完全栄養食なので、給食を食べていれば強くなるはず」と笑顔を見せる。
がんを乗り越えた経験を競技につなげ、子どもたちにメッセージを伝える
独自の練習と自己管理で世界トップにまで登り詰めた髙野選手だが、結果が出るまでは不安もあったという。廣瀬が「結果はいつ出るか分からないから、怖くてブレちゃう人が多い。ブレない芯の強さは昔からあったんですか?」と質問すると、髙野選手は「がんになって、入院経験を通してついた力かなと思います」と答えた。小児がんが発覚したのは中学1年生のとき。1年8カ月の闘病生活を送り、医師から左足を残して生存率を下げるか、切断して高めるかの決断を委ねられた。髙野選手は足を残すことを決断。それに伴い、手術後も続く闘病生活と、厳しいリハビリを強いられた。「リハビリは地獄でしたが、自分で決めたことなのでやり遂げることができました。前向きに生きることや努力することを学び、それがクライミングにも生きたかな」と振り返る髙野選手の姿勢、強さに児童たちは憧れ、同僚の教師たちも敬意を抱く。
教師と競技の両立は大変だが、今後も教師であり続ける。「クライミングも教員も好きですし、いろいろな人に助けてもらって生きることができた僕が、子どもたちに前向きに生きること、努力することの素晴らしさを伝えていかなくてはいけない」。ロス大会はそれをより強く、広く伝える晴れ舞台になる。「ロス大会の目標は完登で優勝です」と力強く語る髙野選手。壁を越えた先にある景色を見るため、子どもたちの声援を背に高みを目指す。
文/佐藤新