2025/7/12(土)放送 パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜

デフリンピックに4大会連続で出場し、合計8つのメダルを獲得しているデフ卓球界のレジェンド・亀澤理穂選手を紹介。

亀澤理穂

亀澤理穂

デフ卓球

先天性の難聴の亀澤選手。両親の影響で小学1年生で卓球を始める。大学1年生で初のデフリンピック(台北)に出場し2つのメダルを獲得。2013年のブルガリア大会を機に一度現役を引退すもデフリンピックの舞台が忘れられず再び現役に復帰。そこからトルコ・ブラジルと4大会連続でデフリンピックに出場。
今年11月に開幕を迎える東京デフリンピックでは悲願の金メダル獲得を目指す!

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2025年7月12日初回放送回は、デフリンピックに4大会連続で出場し、計8個のメダルを獲得しているデフ卓球女子の亀澤理穂選手を紹介する。

自国開催の東京2025デフリンピックで5度目の大舞台に臨む

亀澤選手は、聴覚に障がいがあるアスリートによる卓球、デフ卓球の国内第一人者。台北2009、ソフィア2013、サムスン2017、カシアス・ド・スル2021(コロナ禍により実際の開催は2022年)と、4大会連続でデフリンピックに出場し、銀3、銅5個のメダルを手にしてきた。11月15〜26日に行われる東京2025デフリンピックでは、金メダルを目標に5度目の大舞台に臨む。
亀澤選手は先天性の難聴で、普段は手話でコミュニケーションを行う。補聴器をつけると多少は他人の言葉を聞き取ることができるが、すべて分かるわけではないという。デフ卓球では障がいの程度による差をなくすため、競技中の補聴器の着用は原則禁止されている。選手たちは音のない世界でプレーするのだ。亀澤選手は、ボールの回転や打球の強さを視覚で認識する能力に優れ、その力を武器に、長年にわたって戦ってきた。そんな亀澤選手のもとを応援団長の中山秀征が訪れインタビューを行い、手話を交えた“言葉”に耳を傾けた。
卓球をプレーしていた父親の影響で、小学1年生で競技を始めた亀澤選手。当初は趣味の延長で楽しんでいたが、中学1年生で元デフ卓球女子日本代表の小浜京子さんの講演を通じてデフリンピックの存在を知る。小浜さんはコペンハーゲン1997デフリンピック女子団体、シングルス、ダブルス3冠をはじめ、計14個のメダルを獲得しているレジェンドで、亀澤選手は「金メダリストの小浜さんがとてもカッコよく見えて、私もそうなりたいと思った」と語る。
その後、デフリンピック金メダルの夢をかなえるため、デフアスリートとして歩み始めた亀澤選手は、卓球の名門・東京富士大学へ進学。大学1年生時の台北大会で憧れの舞台に初出場を果たし、団体で銀、シングルスで銅メダルをつかんだ。4年後のソフィア大会にも出場し、団体で銅メダルを獲得。ダブルスでも勝ち進んだが、決勝の試合中に左足首を捻挫してしまった。なんとか最後まで戦い抜いたものの惜敗。「金メダルは遠いなと思いました」と振り返る。悔しさが残るこの大会を機に、亀澤選手は引退を決断。「大学のとき、旅行に行くとか楽しいことが全くできなかったので、1回卓球から離れることにした」という。しかし競技から離れても趣味としては続け、2015年全国ろうあ者大会に出場すると、「優勝してしまって(笑)。そのときデフリンピックで金メダルを獲りに行かなければいけないと気付いた」。

自分のため、娘のため、周囲の人々のため、悲願達成に挑む

競技者としてコートに戻った亀澤選手は、サムスン大会、カシアス・ド・スル大会に出場し、団体とダブルスで計4個のメダルを獲得。素晴らしい成績だが、いまだに表彰台の中央に立ったことはない。自国開催となる東京大会で、デフリンピックを知った頃から抱き続けている夢をかなえるべく、練習に打ち込んでいる。また、現在の亀澤選手には金メダルを手にしたい、もう一つ大きな理由がある。それは、娘の首に金メダルをかけてあげること。亀澤選手は6歳の娘の母親という顔があり、「2023年の世界大会で金メダルを獲得し、娘がとてもうれしそうな顔をしてくれたので、デフリンピックでも金メダルを獲ってかけてあげたい」と目を輝かせる。
中山が最後に東京大会の目標を問うと、「金メダルを獲ります」と力強く宣言。「5度目の正直という言葉があるかは分からないですけど(笑)、そろそろ金メダルを獲り、応援してくれる方々にも恩返しがしたい」とも話す。自国開催とあって、支えてくれた家族や友人、関係者も多く会場に集まるだろう。そうした人たちの前での悲願達成に期待が高まる。

文/佐藤新

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