2025/9/6(土)放送 パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜

パリパラリンピックで世界の頂点をつかみ日本に金メダルを持ち帰った車いすラグビー日本代表。2028年のロサンゼルス大会での連覇を目指すチームに新たに加入した月村珠実選手を紹介。

月村珠実

月村珠実

車いすラグビー

中学生のとき、頸椎を痛める事故で車いす生活を送っていた月村選手。勧誘され、通い始めた車いすラグビーに夢中になった。
子どもを授かり、1度、競技から距離を置くことに…母としての人生を歩み始めますが、車いすラグビーへの情熱は消えなかった。「日本代表になりたい!」その思いに積み上げてきたキャリアが答える。2024年、フランスで行われた国際大会でベストプレイヤー賞、同年の日本選手権でもベストプレイヤー賞を受賞し存在感をアピール!2025年1月、念願の日本代表に名を連ねた。車いすラグビー界のニューヒロインがロス大会への抱負を語る!

森卓也

森卓也

パラローイング

砲丸投、円盤投げの日本記録保持者でしたが、肩にボルトをいれるほどの怪我で投てき競技を断念。そんな森選手が次に挑んだのが、肩の負担が比較的少ないローイングでした。転向から3年でパリパラリンピックに出場。50歳でのぞんだこの挑戦は日本勢過去最高の8位入賞という結果を残した。現在、2028年のロスパラリンピックを目指して練習の日々をおくる森選手。年齢を重ねてもなお挑戦し続ける、その原動力とは!?

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2025年9月6日初回放送回は、車いすラグビー日本代表チームに新たに加わった月村珠実選手と、パラローイングの森卓也選手を紹介する。

車いすラグビー日本代表入りの夢をかなえ、チームの可能性を広げる

パリ2024パラリンピックで金メダルを勝ち取った車いすラグビー日本代表の現在の目標は、ロサンゼルス2028パラリンピックで連覇を達成すること。そのためには金メダルを手にしたメンバーのさらなる成長はもちろん、新戦力の加入、若手の成長など全体の底上げが必要になる。そんななか、存在感を放っているのが、パリ大会後に代表に加入した月村選手だ。1990年生まれの月村選手は中学3年生のとき、頸椎脱臼(けいついだっきゅう)骨折により体に麻痺が残っている。
車いすラグビーはコート上の4人の選手の持ち点の合計を8.0以下にする必要があるが、女性選手にはボーナスポイントが発生する(比較的障がいが重いローポインターは0.5、軽いハイポインターは1.0プラスされる)ため、チーム編成の幅が広がる。しかも月村選手は主に守備の役割を担うローポインターながら、ボールハンドリングやスピードに優れ、攻撃面でも活躍できる。チームに新たな可能性をもたらす選手であり、日本車いすラグビー連盟の副理事長でチアーズファミリーでもある廣瀬俊朗も期待を寄せている。
廣瀬が車いすラグビーとの出合いについて尋ねると、月村選手は「高校時代の夏休みと冬休みにリハビリ入院をしている間に、選手の方に誘われて始めました」と答え、初めて練習に参加した日に車いすラグビー流の手荒な歓迎を受けたことを明かす月村選手。いきなり競技用車いすに乗せられ、タックルされたのだ。「ビビりましたが、次から練習に行かなかったら『ビビッて来なくなったね』と言われるんじゃないかと思い、それが嫌で(笑)」欠かさず練習に通った。そして、次第に競技に魅せられ夢中になっていった。
しかし、競技を離れた時期も。「出産したい気持ちが強かったので、28歳で結婚し、競技に一区切りをつけて妊活に取り組みました」と話し、その後、無事に子どもを授かり出産。母としての人生を歩み始めたが、代表入りへの熱意を忘れたわけではなかった。「2022年に出産するまでに10年以上競技歴があったけれど、ずっと育成選手だったので、それで終わりたくない気持ちがあった」とのこと。競技に復帰した月村選手は練習を重ね、2024年の日本選手権で1.5クラスのベストプレイヤー賞を受賞。2025年1月には日本代表に初選出された。今の目標はもちろんロス大会に出場し、連覇に貢献すること。長年の夢をかなえて代表入りした月村選手が、次の夢もかなえるのか。今後の活躍に注目したい。

50歳で初の大舞台に立ち、さらなる高みを目指して水面を進む

1974年生まれの森選手は、50歳で迎えたパリ大会で初めてパラリンピックの舞台に立った。森選手は生まれつき背骨の神経に関わる病気があり、「子どもの頃から足がしびれている状態で、20代前半でしびれと痛みがひどくなって検査すると、障がいがあることが分かりました」と話す。その後、何度か手術を受けたが完治することはなく、35歳で下半身の感覚がなくなり、車いす生活に。しかし、「痛みがなくなったことで未来が見えてきた」と振り返る。
それから森選手はさまざまな競技に取り組み、40歳で始めた陸上の投てき競技で砲丸投げ、円盤投げの日本記録保持者になる。ところが、肩に大けがを負い、断念せざるを得なくなった。それでも「スポーツをすることを諦めたくはなかった」。そう語る森選手が挑んだのが、肩への負担が比較的少ないパラローイングだ。40代後半での挑戦だったが、投てきで培った上半身の筋力や身体感覚が活かされ、転向から3年でパラリンピック代表に選出。男子シングルスカル(PR1クラス)で日本勢過去最高の8位入賞を果たした。現在はロス大会を目指し、オールを漕ぎ続けている。
「持久力がついてきて、パリ大会のときより良い状態。メダルを目標に、これをキープしていきたい」。54歳で迎えるロス大会で、さらなる高みを目指す。

文/佐藤新

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