2025/9/13(土)放送 パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜

グラウンドからゲレンデにフィールドを変えて世界を目指す!パラアルペンスキー本堂杏実選手を紹介。

本堂杏実

本堂杏実

パラアルペンスキー

生まれつき左指の欠損がある本堂選手。父親の影響で4才からラグビーを始め、高校生の時には18才以下の日本選抜に選出された経歴も!大学関係者の誘いでラグビーから一転パラアルペンスキーの世界へ…様々な障がいのある選手の滑りに胸を打たれ、パラアルペンスキーに本格的に取り組み始めた本堂選手。すると競技開始から、わずか2年後には平昌大会に出場し回転で8位入賞。練習中のケガから復活を遂げ、出場した北京大会では、回転で6位入賞を果たした。
「3度目の正直で金メダルを獲りたい!」
ミラノ大会への意気込みはもちろん、ラグビーからパラアルペンスキーの転身や、ケガとの向き合い方など、自身の想いを赤裸々に語る!

鈴木猛史

鈴木猛史

パラアルペンスキー

小学生の時に交通事故で両足を切断。両親の勧めでパラアルペンスキーを始めた。徐々に頭角を表し2006年、高校3年生でパラリンピックに初出場。以降、5大会連続で出場し、金メダル1つと銅メダル2つを獲得した。

「家族がいるから(競技を)続けてきた…妻と子どもたちにメダルを届けたい!」6度目の出場となるミラノ大会にかけるレジェンドの想いとは!?

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2025年9月13日初回放送回は、パラアルペンスキーの本堂杏実選手と鈴木猛史選手を紹介する。

戦いの場を雪上へ変えた元ラグビー選手が3度目の正直でメダルへ

1997年生まれの本堂選手は、生まれつき左指の欠損があり、右手だけにストックを持って雪面を滑降する。これまで2回のパラリンピックで計9種目(LW6/8-2・立位)に出場し、6種目で入賞。ミラノ・コルティナ2026パラリンピック代表にも内定し、3度目の大舞台に備える本堂選手を、元ラグビー日本代表主将でチアーズファミリーの廣瀬俊朗が直撃インタビュー。
廣瀬は元ラグビー日本代表主将だが、本堂選手も本格的なラグビーの競技者だった。父親の影響で4歳から始め、高校時代に18歳以下の日本選抜に選ばれたことも。大学はラグビーの名門・日体大に進んだが、ラグビーを続けるかどうか悩んでいた時期に、大学関係者に「パラスポーツの世界に興味はないか」と声をかけられ、パラアルペンスキーを経験したことで運命が急転する。
当初は葛藤があり、ラグビーを続けたい気持ちもあった。しかし、「初めてのレースで、目が見えない選手だったり、片足で滑っている選手だったり、いろいろな選手の滑りを見て、この世界でトップになってみたいと思った」。そして、本格的に競技に取り組み、大学3年生のときに、平昌2018パラリンピックに出場し、回転で8位入賞。次の北京2022パラリンピックではメダルを、という思いを胸にさらに競技に打ち込んだ。
ところが、大会1年前の練習中に左膝前十字靱帯断裂の重傷を負う。一時は出場が危ぶまれたが、「落ち込んだところで時間の無駄だなと思って、スイッチが入った。自分はもっとできると思えたきっかけになりました」と、当時を振り返る。その言葉通り、前だけを向いて復帰。北京大会に出場し、滑降と回転の6位を最高に、出場全5種目で入賞を果たした。本堂選手は「メダルを獲得できなかったことは悔しかった」と言うが、「そのときできる最大限のことができたので、後悔はない」と誇らしげだ。
ミラノ大会の目標は、もちろんメダル獲得。4年前の雪辱を果たす用意は整っている。「3度目の正直でメダルを獲りたい。その目標に向かってトレーニングを頑張っていきたい」と述べる本堂選手を、廣瀬は同じ競技に打ち込んだ者として「ラグビー界全体で応援します」と激励。廣瀬の言葉に力を得て、本堂選手は本番に臨む。

家族の存在を心の支えに、6度目の大舞台で頂点を目指す

本堂選手が3度目なら、鈴木選手はミラノ大会が6度目のパラリンピックになる。2006年のトリノ大会でパラリンピックに初出場し、男子滑降(LW12-2・座位)で4位入賞。2010年のバンクーバー大会では男子大回転で銅メダル獲得。そして2014年のソチ大会では男子滑降で銅メダル、男子回転で金メダルに輝いた。平昌、北京両大会でも複数種目に入賞したパラアルペンスキーのレジェンドだ。最も得意としているのは、金メダルを獲得したことがある回転。次は2度目の金メダルを狙う。
1988年生まれの鈴木選手は、小学2年生のときに交通事故で両足を切断し、その後にパラアルペンスキーと出合った。「地元の(福島県)猪苗代町で毎年、スキー教室があった。そこで両親ができることがないか探してくれて、(座って乗って滑る)チェアスキーというものがあると知ったのがきっかけでした。母親がゲレンデの途中までチェアスキーを押してくれて、そこから転びながら下まで降りた記憶があります」と回顧。鈴木選手は成長とともに力をつけ、高校3年生でトリノ大会に出場。金メダルを獲得したソチ大会は、現地で応援してくれた両親に「やっとメダルをかけてあげられた」ということが感慨深かった。
そんな鈴木選手は2017年に結婚し、2人の子どもにも恵まれた。新たな家族の存在が、再び頂点を目指す大きな原動力になっている。「まず妻に金メダルをかけたい」、そして「お父さんは足がないけどカッコいいんだ、と自慢してもらえるようなことをしなくちゃいけない」と意気込む鈴木選手の雄姿を、ぜひミラノ大会で見たい。

文/佐藤新

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