2025/10/31(金)放送
パラスポチアーズ!
〜パラアスリート全力応援〜
礼に始まり礼に終わる。相手を敬い自分を律し、心を磨く「空手道」。鍛え上げた心と身体で目指すは2度目の世界の頂点!デフ空手、ディフェンディングチャンピオン、小倉涼選手を紹介。
生まれつき聴覚に障がいのある小倉選手は兄の影響で空手と出会う。「アニメの主人公みたいで格好良いから!」と始めた空手。小学校3年の時、世界を目指す同年代の子どもたちの姿にふれ、自身も真剣に空手と向き合うことに…
鍛錬を重ね、前回のブラジル大会では「形」「組手」の2種目で金メダルに輝いた。そんな小倉選手のもう一つの顔は、学校の先生。児童たちの声援を受け、デフリンピック2連覇を目指す!
「デフリンピックに出場したい!」そんな思いでチームをいちから作り、東京大会にのぞむデフハンドボールのキャプテン・小林優太選手を紹介。チーム設立秘話やデフリンピックへの想いに迫る!
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2025年10月31日初回放送回は、2025年11月15日から26日まで行われた東京2025デフリンピックに日本代表として出場した、デフ空手女子個人組手61kg以下級・女子個人形の小倉涼選手と、デフハンドボール男子の小林優太選手を紹介。
挫折を乗り越え、ブラジル2021デフリンピックで空手2冠に輝く
デフリンピックの空手は、仮想の敵に対する攻撃技と防御技を組み合わせた演武「形」と、1対1で対戦し、寸止めで突き・受け・蹴りのポイントで勝敗を争う「組手」がある。小倉選手はブラジル2021大会(コロナ禍により実際の開催は2022年)でデフリンピックに初出場し、両種目の金メダルを獲得した。そんな小倉選手に、パラスポチアーズ!団長の中山秀征がインタビュー。中山の質問に、生まれつき聴覚に障がいがある小倉選手は手話で答えた。
2000年生まれの小倉選手は、4歳で空手を始めた。きっかけは兄と共に空手の道場を見学したこと。「当時私は『ドラゴンボール』が大好きで、(主人公たちが)道着を着ている『ドラゴンボール』と空手が似ていると思い、自分もやりたいと思った」と明かす。小倉選手は攻撃が当たることもある組手に恐怖心があり、形をメインに空手を学んだ。当初はあくまで習い事だったが、小学3年生で全日本の大会を目指す子どもたちが集まる合宿に参加し、「自分以外の子どもたちの練習に取り組む姿勢が違っていて。こうなりたいと憧れて」競技として意識するようになり、より真剣に空手に打ち込んだ。
そうして実力を磨いていった小倉選手だが、高校時代に伸び悩み、挫折感を味わった。原因の一つが、当時は手話を通じて体の使い方を詳しく学べる環境や指導者が不足していたこと。形は体の使い方を詳しく教わる必要があり、見よう見まねだけでは上達に限界があった。
しかし、「大学に入ったとき、形に対する気持ちがなくなってしまいました。でも空手はやりたい。そんなときに先輩から組手をやってみないかと誘われた」ことで組手を始め、小倉選手に変化をもたらした。「当たると痛いし怖かった」組手だが、「自分の思い通りに試合ができるとうれしくて、“痛い”より勝ったときの“喜び”が大きかった」という。その喜びが、形へのモチベーションも再燃させた。
両種目の稽古に励んだ小倉選手は、2018年、2019年の全日本障がい者空手道競技大会で女子形・女子組手ともに連覇。そしてブラジル2021デフリンピックで2冠に輝いた。
小倉選手は、埼玉県立特別支援学校坂戸ろう学園で働く教師であり、教え子たちも小倉選手を応援している。「プレッシャーに負けず、勝ちにいきたい」。そう語った小倉選手は、東京大会の組手で連覇を達成し、形は銅メダル。2種目とも表彰台に立ち、期待に応えた。
ゼロからチームを立ち上げ、デフリンピック出場の夢をかなえる
デフハンドボール男子日本代表は、東京大会出場を目標に結成されたチームであり、設立したのはキャプテンでもある小林選手だ。2001年生まれの小林選手は高校生でハンドボールを始め、補聴器をつけながら健常者と共に競技に取り組んだ。大学入学後はハンドボールをプレーする環境がなく競技から離れたが、「大学の体育の先生から東京でデフリンピックが開催されること、日本にデフハンドボールのチームがないことを教えてもらい、今チームを作れば日本代表も夢じゃないと提案された」ことがきっかけで、デフリンピック出場を目標にチーム設立へ動き出した。とはいえ道は険しく、「耳が聞こえないハンドボール経験者が周りに全くいなかったので、まず大学のサークルを立ち上げました。最初の人数は3〜4人。メンバーにボールの投げ方を教えるところから始めたので、(先を考えると)気が遠くなるほどでした」と苦笑する。それでも小林選手の意欲は衰えず、大学卒業後、補聴器の販売会社で働きながらSNSやトライアウトでメンバーを集め、ついに出場にこぎつけた。本番では、予選ラウンド3戦3敗でグループ4位。大会最終順位は7位となった。しかし、「大会が終わった後も代表チームを継続させて、次の大会に向けて強化していきたい」と語る小林選手の挑戦は終わらない。
文/佐藤新