2025/11/7(金)放送
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2023年のデフサッカーワールドカップでは7得点を挙げMVPを獲得。双子の兄・侑也選手とともにデフリンピック優勝を目指す!デフサッカー日本代表のエース、岡田拓也選手を紹介。
幼少期から重度の難聴を抱える岡田選手は、9歳のとき兄・侑也さんの影響でサッカーを始める。高校・大学とサッカー推薦で進学しプレーを続ける中で、大学2年生のときデフサッカーの世界へ。
デフサッカー転向後半年で日本代表に選出、2017年トルコで開催されたデフリンピックに初出場を果たすもフィジカルの差を痛感し悔しい結果に。研鑽を重ねた2023年のW杯では銀メダルを獲得、自身も7得点をあげ大会MVPに輝いた。
雪辱を晴らすデフリンピック東京大会では、代表でも共にプレーする兄・侑也選手と共に金メダルを目指す!
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2025年11月7日初回放送回は、2025年11月15日から26日まで行われた東京2025デフリンピックに日本代表として出場した、デフサッカー日本代表のエースストライカー・岡田拓也選手を紹介。
少年時代からエースとして活躍し、大学2年でデフサッカーの道へ
障がいの程度による差をなくすため、原則的に競技中の補聴器の着用が禁止され、基本的に手話でコミュニケーションをはかるデフサッカー。その日本代表は過去5大会、デフリンピックに参加しているが、いずれも予選リーグで敗退してきた。しかし、コロナ禍のため5年ぶりの国際大会となった2023年の第4回ろう者サッカー世界選手権大会で準優勝し、躍進を示した。この大会でチーム最多の7得点を挙げ、大会MVPを受賞したのがFWの岡田選手だ。2016年にデフサッカー日本代表に初選出された岡田選手は、エースナンバーの10を背負うチームの中心。ちなみに双子の兄・侑也選手も日本代表であり、兄弟で力を合わせ世界と戦っている。そんな岡田選手に、チアーズファミリーの廣瀬俊朗がインタビュー。
1996年に埼玉県で生まれた岡田選手がサッカーを始めたのは9歳のとき。友人に誘われたことと、ひと足早くプレーしていた兄の姿を見て楽しそうだと思ったことがきっかけだった。幼少期から重度の難聴だった岡田選手は補聴器をつけ、健常者と共にサッカーに取り組んだ。
「小学生のときは全国大会の一歩手前まで行くチームでプレーしたし、中学生では県のトレセンに選ばれた」「埼玉県川口市の中で強い方のチームで背番号10をつけていた」とのことで、「エースだったんですね?」と廣瀬が尋ねると、間髪入れずに「はい、エースでした」と笑顔で答えた。
高校、大学ともサッカー推薦で進学した岡田選手は、大学2年生でほかの大学の選手に誘われ、デフサッカーの世界へ足を踏み入れたが、ある問題に直面する。大学2年生までデフサッカーも手話も全く知らなかった岡田選手は、「練習に参加したら補聴器を外して、声を出さずに手話だけ(で意思疎通していた)。私は手話ができなかったので、話が通じなかった」と明かす。そこで練習が終わった後の食事の席に、声に頼らないようにあえて補聴器を外して参加。周囲の選手の手話がどういう意味かを尋ね、コミュニケーションを取って手話を覚え、チームに溶け込んでいったという。
初のデフリンピック後、肉体改造に着手。成長して結果を出す
練習と並行して手話を学んだ岡田選手は、デフサッカー転向半年後に日本代表に選出。翌年にはサムスン2017デフリンピックに出場した。そのときの感想を廣瀬から問われると、「苦い思い出しかない」と一言。初戦の開始10分ほどで「ピッチに戻ることもできないほど」のけがを負ってしまい、チームも予選リーグで敗退した。初のデフリンピックは、悔しさだけが残る大会になった。また、短い出場時間ながら世界の壁を痛感した大会でもあった。大舞台で対戦することで、体格差、フィジカルの差を現実として突きつけられたという。
そこで大会後、食生活を見直し、サッカーで使う筋肉の部位をトレーナーに聞き、肉体改造に着手。その成果が実り、2023年世界選手権で準優勝に大きく貢献した。この結果は岡田選手にとって大きな自信になった。苦い思いをした初のパラリンピックから、間違いなく成長していると実感できた上に、エースである自分が自信を持つことはチームの自信につながり、今後さらに成長できると感じたという。
デフサッカー日本代表は2024年のアジア太平洋ろう者競技大会で優勝。世界2位、アジア王者、そして開催国として臨むデフリンピックで、「日本は警戒・分析されると思う」と岡田選手は予想しつつ、「いい意味で予想を裏切れるように結果を出したい」と力強く語った。その言葉通り、日本は2勝1分で予選リーグを初めて突破。決勝トーナメントも勝ち進み、決勝で惜しくも敗れたものの銀メダルを獲得した。岡田選手も予選リーグ初戦で4ゴール、準々決勝で1ゴールを決め、エースの役割を果たした。
文/佐藤新