2026年2月13日(金)更新
村瀬心椛、金メダルと“遊び心”
“横ノリ系”3Sのルーツと美点
スノーボードは、日本勢のメダルラッシュに沸いています。2月7日(現地時間)、男子ビッグエアで木村葵来選手が金メダル、木俣椋真選手が銀メダル。9日(同)には、女子ビッグエアで村瀬心椛選手が金メダル、12日(同)には女子ハーフパイプで小野光希選手が銅メダルを獲得しました(2月13日現在)。
充実の練習環境
冬季五輪に出場する選手の出身地と言えば、一昔前は北海道をはじめとする寒冷地が大多数を占めていました。
しかし、近年、その傾向が少し変わってきました。メダルを獲得した先の4選手の出身地は以下の通りです。
木村選手=岡山県、木俣選手=愛知県、村瀬選手=岐阜県、小野選手=埼玉県。
これは、国内での練習環境の充実を意味しています。
たとえば岐阜県出身の村瀬選手が練習拠点とする富山県立山町の「SLAB OUTDOOR PARK TATEYAMA」には、日本最大級のジャンプ台があります。村瀬選手は、小学生から高校生まで、片道3時間かけて、毎週ここに通っていたそうです。ジャンプの着地点にはふわふわのエアマットが敷かれるなど、安全性には最大限の配慮がなされています。
関東にもビッグエアのトレーニング施設があります。13年に埼玉県比企郡で開業した「埼玉クエスト」です。ここは滑走性能の高いサマースノーと呼ばれる人工芝を導入しているため、より雪上に近い感覚を身に付けることができると言われています。
ところでスノーボードは、サーフィン、スケートボードとともに、愛好家の間では、“横乗り系3S”と呼ばれています。言うまでもなく、進行方向に向かって、ボードに横乗りし、技を競うからです。
3Sの中で、最も歴史が古いのがサーフィンです。ハワイやタヒチに住んでいた古代ポリネシア人が、西暦400年頃に始めたと言われていますが、その起源についてははっきりしていません。
「カッコよくありたい」
日本では1960年頃に駐留米国人が湘南や千葉の海で始めたのがきっかけとなって、全国に広まり、65年には日本サーフィン連盟が結成されました。21年の東京大会から夏季五輪の正式競技となりました。日本勢では、同大会で男子の五十嵐カノア選手が銀メダル、女子の都筑有夢路選手が銅メダルを胸に飾っています。
2つ目のSであるスケートボードは、波のない日にサーファーたちがサーフィンの練習として始めたのが起源だと言われています。古い写真や映像には、裸足でボードに乗る姿が残っています。
米国映画『ビューティフル・ルーザーズ』には、90年代初頭のニューヨークでヒップホッパー、サーファー、グラフィックデザイナーらとともにストリートカルチャーを形成する一員としてスケートボーダーも紹介されています。21年東京大会から、五輪の正式競技となり、24年パリ大会までに堀米雄斗選手(連覇)、西矢椛選手、四十住さくら選手、吉沢恋選手の4人の金メダリストを輩出しています。
ところでルーザーズと言えば、いわば“社会の落ちこぼれ”です。だが、彼らは己の生き方に誇りを持ち、独自の表現にこだわり続けます。かくして、路上から90年代を代表する米国の文化が育まれていったのです。
3つ目のSであるスノーボードは、スケートボードの、いわば雪上版です。横乗り系としてはサーフィン、スケートボード、そしてスノーボードの順に発展していきました。それゆえスノーボードにもストリートカルチャーの精神が息づいています。
21歳で金メダリストとなった村瀬選手は「遊びから始まった競技、カッコよくありたい」「村瀬ヤバイ! と思ってもらいたい」と語りました。
彼女のSNSには雪面を滑り降り、川を渡るシーンが披露されています。こうした“遊び心”が逆転の大技「トリプルコーク1440」を成功させたのかもしれません。

二宮清純
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