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中井貴一インタビュー

韓国で“復讐3部作”と言われる『魔王』などを生み出したパク・チャンホン監督×脚本家キム・ジウが再タッグを組んだ感動作『記憶~愛する人へ~』の日本版リメイク。徐々に記憶を失っていく若年性アルツハイマーと診断されたことをきっかけに人生を振り返り、過去に解明できなかった事件の真相を追う弁護士の姿を全12話で描く。主人公に扮する中井貴一を撮影現場に訪ね、複雑な人物像をどのように形にしているのか聞いた。

「思い出や尊厳を失うというのは、
もしかすると死より怖いのかもしれない」

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——出演しようと思った決め手は何ですか?
「プロデューサーがしつこかったから(笑)。いえ、本当はそうじゃなくて、話がよくできていると思ったからです。どの仕事も基本的には最初に台本を読ませていただくんですが、今回はオリジナルの韓流ドラマも三話位までですけど見せてもらって、面白いと思えたのが一番の理由です」
——“しつこかった”というのは?
「実は僕、さんざんお断り申し上げたんです。このドラマは生半可な気持ちでは作れない。プロデューサーにも、“スケジュールを十分に確保して、順撮りで役者の感情を丁寧に入れていくようにした方がいい作品になると思う”と申し上げたんです。ただ僕自身はスケジュール的に難しい。それで、“僕はやらないほうがいいと思う”とお伝えしたんです。それでも、“この役は中井さんなんです!”と言っていただいた。役者冥利に尽きますね」
——病気、家族の問題、未解決事件、組織や権力の腐敗や汚職と、たくさんの要素が盛り込まれたドラマです。具体的にはどういったところに面白さを感じましたか?
「弁護士が若年性アルツハイマーという病を抱えるという軸がしっかりあって、そこから1話ごとに“1話完結でもいいんじゃないか?”と思えるほど中身の詰まった枝葉が伸びている。だらだらと話が続いている感じがなくて、骨太なところがいいなと思いました」
——主人公、本庄には共感できました?何かというと悪態をついていますが。
「そうですね、どちらかというと悪徳弁護士っぽく見える。ドラマの序盤ではイヤな奴だけど、そこがいい。彼の原点はコンプレックスの塊で、反骨心で今の地位を築いたと思うんです。そんな男が大切な思い出や尊厳を失うかもしれないという、もしかすると死より怖い状況を前にして強い我が消えていく。非常に人間らしいと思いますよ」

「“セリフを言う道具”にはなりたくない。
本物の感情を伝えていきたい」

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——若年性アルツハイマーを扱ううえで気をつけたことはありますか?
「一番心掛けたのは、ご都合主義になってはいけないということ。ドラマを見る方に“いやいや、なんでアレを忘れてコレは覚えてるんだよ!?”と思われないようにしたいですね。脳神経外科医の方のお話では、この病気の患者さんには取り繕い行為というようなものがあって、周囲は病気と気づかないこともあるそうなんです。だから僕は芝居で本当に忘れた感じを出していくんだろうけど、実はそれを隠そうとする言動の方が表面に出るということを意識しています」
——台本順に撮影する方がいいと考えられた理由は?
「病気になっていく過程を役と同時に進んでいきたかったから。ストーリーの先をわかって芝居をするよりも、“俺は明日どうなるんだ?”という恐怖みたいなものを持ちながら演じていたいと思ったんです。だから、台本は完成しているけど、終着点に至るまでの途中はあまり見たくない。目の前のことを精一杯やって次に進むという形が、一番の役作りになっているかもしれないですね」
——オリジナルの韓国版でイ・ソンミンさんが演じた主人公は、おちゃらけたり、おいおい泣いたり、喜怒哀楽がとてもわかりやすかったですが、感情表現という部分でのこだわりは?
「実は最初に韓国版を見た時は、この役は僕じゃないんじゃない?”という気もしましたけど、気持ちの出し方って国民性の違いがよく出るところですよね。日本では大人の男は、あまり“うゎ〜ん”とは泣かないですもんね(笑)。本庄は韓国版の主人公よりストイックな雰囲気かな。明るさと暗さが入り混じった感じにできたらと思ってます」
——感情の出し入れの中に、韓国版とのギャップを埋めるという作業も入ってくるんですね。
「日本人は心の機微を大事にする民族だと思うので、僕たち役者は台本を読んでお芝居を考える時に、感情のつながりみたいなものを細かく追っていくんです。台本におかしいところがあれば穴を埋めたり。でも、台本ではおかしくても、ドラマや映画になったら勢いで吹っ飛んじゃう。“もしかしたら僕らは細かいことを考えるより、韓流の勢いみたいなものを大事にした方がいいんじゃないか?”と思ったりもするんですよ。そこのバランスをどう取るかが難しいです。」
——本当に多くのことを考えながらお芝居に取り組まれていらっしゃいます。
「セリフも多いし出番も多いので大変なんだけど、“セリフを言う道具”にはなりたくない。お客さんに本物の感情を伝えていきたいです」

「見る方にも、TVドラマ業界にも、
ポジティブな影響を与えるドラマになるといいな」

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——主人公のように、やり残していることを全うするために残りの人生を捧げるとしたら、何をされますか?
「仕事を始めた二十歳頃に直接お世話になった先輩たちが亡くなる、そういう歳に自分がなって、最近よく考えますね。俳優としては、先輩から受け継いだものを少しでも次の世代に渡していかなきゃなぁと思います。今はいろんなものがデジタル化されているけど、人間の感覚までそうなってほしくない。体というアナログな道具を使ってどう感情を伝えるのか、そうしたことを若い俳優たちに伝えていけたらと思っています」
——今回の共演者は下の世代の方が多いですが、現場では彼らのお芝居を“ぶつかって来い!”というような心境で受け止めているのでしょうか?
「いえ、そんなことを思ったことは全然ないです。敵と言うのはヘンだけど、立ち向かう相手はお客さんで、こっちは同じ船に乗っている。みんなの経験や個性が違うから面白いものができるんだと思います。むしろ、年を重ねて体力的にも落ちるので、僕の方が20歳の頃の3倍は努力しなきゃいけない。若い役者たちから良い刺激をもらっているし、今回は子ども役の共演者が久々に小さい子で、すごく嬉しいんです(笑)」
——撮影をしていて、他に嬉しいことや楽しいことはありますか?
「……お弁当?いや、違うな。楽しいこと?(笑)そうですね、僕がデビューして間もない頃に組んだスタッフと久しぶりに一緒にやれているのがありがたいと思いますね。平野監督は、助監督の頃から一緒にやっている人で、気心も知れているし、ペースを作ってくれる。現場も明るい雰囲気にしてくれるので居心地がいいですね」
——TVドラマを取り巻く環境は年々厳しくなってきていると思いますが。
「コンプライアンスというものの威力が大きくなって、みんな怖がって、ある題材が扱えなかったり、表現がしづらくなってきています。このドラマのような“病気を扱う内容”も、有料チャンネルで見てもらうのがベストになってきていると思うんです。でも、『記憶』を見て暗い気持ちになる人も、頑張って前に進もうという気持ちになる人もいらっしゃるわけで、どう受け取られてもいいから、地上波でもやるべきだと思います。この作品がTVドラマ界全体の起爆剤になったらいいなと思います」
ヘアメイク/藤井俊二
取材・文/橋真奈美
撮影/山下隼

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