「楽しむ姿勢」の原点は、中学時代の遊び
――芸歴50周年で出版された『風まかせ 声優・井上和彦の仕事と生き方』については、どんな思いで執筆された本だったんでしょうか?
井上:何もなく、そのまま通りすぎることもできたとは思うんですけど、50周年ということでちょうど本のお話をいただいたのがきっかけでした。
そこでどんな本にしようかと考えたときに、50年間声優としてやってきて、これはけっして自分一人でここまでやってこれたわけではないな、と。いま自分がこうしていられる理由、「声優・井上和彦ができるまで」というところをテーマに、いろいろな人との出会いや、もらった言葉を書いていく本にしたいなと思って書いたのが、「風まかせ」です。
『風まかせ 声優・井上和彦の仕事と生き方』 (宝島社)
それも、本当に多くの人にお世話になったので、書き始めたら「この人も」「あの人も」みたいな方がたくさん、いらっしゃいまして。本当は、もっとたくさんの人が登場する予定だったんですが「あ、これは終わらないな」と思って、「どうしても、ここがないと声優・井上和彦にはたどり着かない」というポイントに絞って、書かせていただいていました。
ただその分、僕の人となりがどう形成されたかという話は、少し駆け足で語ったかなという気がしています。
――じゃあ、その辺のお話は「風まかせ」にも書ききれなかった部分なんですね。
井上:そうです。もちろん本を書く上で、改めて自分の人生を振り返っていったので、「そうか!」と思うところはたくさんあったのですが、今回の本では載せきれなかった。
とくに、人って幼少期から高校卒業ぐらいまでで大まかな人格は出来上がると思うんですよ。その間にどんな人に会って、どんな影響を受けたかでどんな人間になるかが変わってきますからね。
――印象的だったのが、エピローグで「楽しい」「楽しむ」という言葉が何度も出てきていたこと。これは井上さんの生きる上での姿勢なのかなと思って、今日お聞きしたいと思っていました。
井上:そうですね。「楽しませてくれるのを待つ」よりは自分で楽しいものを見つけたり、作っていくタイプではあると思います。
それというのも中学生の頃の、地元の子供会での経験が大きかったのかなと思います。会長のおばちゃんに頼まれて、“ジュニアリーダースクラブ”という名前で、中学生ながらに小学生の子たちの面倒を見ていたんです。
そこで、日々、みんながどんなことをしたら楽しいのか考えて、一生懸命、何もないところで遊びをつくって。まだ中学生なのでそこまで大それたものではないけれども、一応研修会に参加してそこでどんなことをすればいいのかを学んで、キャンプに行ってみたり、歌を歌ったり……。
――中学生ながらに、運営側として「楽しませる」方に回っていたんですね。
井上:まぁ大体は一緒に遊んで、ふざけてるようなものなんですけどね(笑)。
でもその経験から、「物や場所が決まっていないと楽しめない」のではなく、「何もなくても心を遊ばせる」ことで、十分に楽しく過ごせるんだということには気づいたような気がしますね。
――場所を決めず、物も決めず、その場所にあるもので楽しむ。なんだかその姿勢は、「風まかせ」というタイトルにも通じていますね。
井上:確かに、あるがままという感じかもしれないですね。
それに関しては偶然ですが、あのタイトルは元々、僕のブログのタイトルでもある趣味のウインドサーフィンから来ているんです。ウインドサーフィンって「風を掴んで走る」というのが大事なスポーツなんですけど、本来、風って見えないものじゃないですか。どこからどんな強さで風が吹くのかなんてわからない。
一方で、僕ら声優のお芝居って、立体的な演技とは違って、見えない相手を想像しながらそれを感じて喋るのが仕事ですよね。それって「見えない風を掴む」こととすごく似ていると思ったんですよね。