文字を生きた会話にすることの難しさ

――養成所時代に、何かお芝居のことで「自分にとって大きな学びになった」という出来事はありますか?
佐倉:学び……でもないかもしれないのですが、当時、声のお芝居を練習するときにマンガや小説を買って、セリフをお芝居で言いながら録音して、それを自分で聴く……みたいなことはしていましたね。
そのときに「生きている人間の言葉って、文字になると急に再現性がなくなるのはなんでだろう?」と感じて、それがいまだにずっと気になっています。
――「再現性がなくなる」……? もう少し詳しくお聞きできますか?
佐倉:例えば、いまこうやって取材を受けて私が話す言葉も、撮影の合間に現場でしていた雑談も、そのまま文字に起こすとなんだか変な感じになるじゃないですか。
――それは僕もライターという職業柄、すごくよくわかります。喋ってるそのままを文字に起こすと語順もバラバラ、主語もないし、文の切れ目も全然わからなくなります。
佐倉:そうですよね……だけど、こうやって生きている人間同士が会話するとそれでも成立する。
で、例えばその会話を録画・録音して見たとして、それは違和感なく見られるし、聴ける。生身の人間が話す言葉と、文字になって読むものは別なんです。
それって逆にいうと、マンガや戯曲の脚本を生きた会話にするのって、すごく難しいことになるじゃないですか。本来リアルであるはずの会話が、台本になった瞬間に、その会話の生々しさの再現性がまったくなくなってしまう。
――めちゃくちゃ面白い……! それが、養成所時代に自分で声のお芝居をしているときから、ずっと違和感としてある。
佐倉:そうなんです。だからセリフを見たときに「ふつう、こんな言い方しないよな」と当時から思っていました。例えば、「踊っているわ」というセリフを文字に起こすと“い”が入るけれど、喋るときには「踊ってるわ」と省略することが多いですよね。マダム的な人は「いるわ」と言うかもしれないですが(笑)。
――ライターで言えば「しかし」がそうです。原稿では見かけるけど、実際の会話ではほとんど登場しない(笑)。
佐倉:やっぱり!そういうのありますよね?(笑)
この謎に私はずっと挑み続けている感覚なんです。そして研究し続けているのに、いまだに答えが出ない。
逆に、「すごいな」と感じたコンテンツもあって。当時観ていた映画で、柳楽優弥さん主演で、デビュー作の『誰も知らない』という作品があるんです。
たしかYOUさんが母親役をやられているのですが、その映画の会話を聴いていると「すごく生々しいまま収録されている」という感覚になるんです。しっかりとフィクションでありながら、半分ドキュメンタリーみたいな。
初めて観たときにそれが衝撃で……「これがエンタメとして成立するなら、エンタメでできることって、まだまだあるはずだな」と。
今でも本気でそう思います。
現実にリンクする瞬間に、はっとしてもらいたい

――『誰も知らない』を観て、お芝居の奥深さに触れたわけですね。
佐倉:そうですね。ただ、どこまで行っても捉えられている気はしないですけど。
お芝居って仮想現実だと思うんです。作品によって表現されている生々しさのパーセンテージは全然違っていて、それをどのくらいまで上げていくのか。今まで観てきたエンタメの中で、そのパーセンテージを限りなく上げたのが『誰も知らない』だったのだと思います。
もちろん『誰も知らない』にも台本がある。自分も、台本があるなかで、どれだけそういう生々しい作品が作れるのかということは、昔からずっと考えています。
――なるほど……! 『誰も知らない』は、ある意味で佐倉さんにとってベンチマークみたいになっていて、佐倉さんのお芝居も「どれだけ生々しくできるか」を追求している感覚でしょうか?
佐倉:そうですね。ただ、それもある一方で、声優になってから一度ぶつかった大きな壁があって。それが、「アニメ芝居ができない」ということだったんです。
“アニメ芝居”は言葉で説明するのが難しいのですが、簡単に言うと「現実でやったら不自然だけど、アニメの絵に合わせるとリアリティが出るお芝居」ですかね。
それまでの私のお芝居は、「もしそのセリフを私が現実で言うとしたら、どう言うか」を意識した喋り方でしたが、「それだと、生々しすぎてアニメの絵には合わない」と当時のマネージャーから怒られてしまって。「頼むからアニメ芝居を覚えてくれ」と。
――確かに。『誰も知らない』とは真逆の方向性ですもんね。
佐倉:自分でも出演作を観ていて、「絵に合ってないな」と思うことは度々あって「これ、どうしたらいいんだろう」とは思っていたんです。
マネージャーさんの言うとおり、「アニメの絵に合わせると自然になるお芝居」が存在しているのは頭ではわかっているけど、一方で「そんな人、現実では見たことない」と思って16〜17歳の頃は、かたくなにアニメ芝居をやるのを拒んでいました。
でも、「そうしないとオーディションに受からないよ」とも言われてしまって。
自分の理想のお芝居と、アニメ芝居の間には埋められない溝があって、けっして納得はできなかった。でも「覚えるしかない」と思って、アニメ芝居を体に叩き込んだ時期がありました。
――実際にそのお芝居を叩き込んでからは?
佐倉:そうすると、やっぱりオーディションにはすごく受かるようになるんですよね。だけど、自分としては腑に落ちていない感覚がずっと大きくて。
「説得力は増したかもしれないけど悔しい」というのをずっと感じ続けているような気がします。未だに、自分はお芝居のことがなんにもわかっていなんだろうな。
――でも、先ほど佐倉さんが「仮想現実」という言葉を使っていて、それがまさにその通りなんだなと思いました。2次元と3次元の間を表現する。現実的すぎるのも違うし、虚構すぎるのも違う。
佐倉:そういう部分はあるかもしれないですね。
途中から自分でも「ハイブリッドで行こう」と思うようになって。
エンタメって基本的にはすべて虚構なので、その虚構の中で一瞬、現実にリンクするような感情が表現されたら、その瞬間、見る人は「はっ…!」となると思うんです。「なんでだろう、このセリフ急にやたら生々しい」みたいな。
それで、台本を読んでいて「ここは生っぽさを入れてもいいかも」と感じたセリフをチェックしておいて、いざ現場でやってみたら、意外とすんなりOKをもらえたんですよね。そのとき、「こういうやり方なら表現できるんだ」と思って。
――すごい……同じキャラであってもずっと同じ表現でお芝居をしない。あえてポイントをつくることで、ふと現実に目が行くというか。
佐倉:たぶん、現実って多くの人にとってストレスでもあると思うんですよ。ずっと現実というストレスの中にいると、逆に集中力を欠いてしまうかもしれないから、虚構の世界が必要なんですよね。
そして、逆に虚構の中にポツンと佇む現実的な瞬間があってもいい。その瞬間、「ストレスはあるけど、現実にまた向き合おう」と、皆さんの心を前向きにできたらいいなとは思います。